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2007/04/29

四世紀後の異議申し立て

 永良部世の主に関する文献資料は、
 薩摩藩直轄領時代だった1706年に薩摩藩による
 琉球関係の文書や家系図の取り上げ
 命令によりその多くが焼却処分となったとされ、
 17世紀以前のものは少ない。
 「沖永良部島民のアイデンティティと境界性」(高橋孝代)

これは、しちゃいけないよ、薩摩さん、と言いたくなる。
焚書は支配者の常套手段と言って済ませたくない。

奄美の困難は、「二重の疎外」にあると思う。

二重の疎外は、
文化的共同性に顔を向ければ政治的共同性が異なると無視され、
政治的共同性に顔を向ければ文化的共同性によって差別される、
という構造をしている。

奄美の二重の疎外は、
薩摩による奄美・沖縄侵犯と、
奄美の琉球王国からの割譲によって完成された。

沖縄でもなく鹿児島でもない奄美の困難は、
そこで構造化されたのだ。

その上に行われたのが、この、焚書であり、
大和風の身なりの禁止だった。

二重の疎外は、空間だけではなく、
時間の上でも行われたことになる。

焚書により過去を断たれ、
身なりの規制により、未来が断たれる。
すると、永遠の「今」しかなくなる。

奄美の失語はここから本格化したのだ。

1609年から四世紀。
現在まで失語が続いていることが、
傷痕の深さを物語る。




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