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2007/04/21

血がさわぐ

高橋さんは、
「沖永良部島民のアイデンティティと境界性」研究の動機を、
「血がさわぐ」と書いている。

 沖縄県出身者ではない筆者には、
 「ウチナンチュ(沖縄の人)」というアイデンティティはなかったが、
 祭りを通して流れてくる沖縄の民謡に
 「血がさわぐ」ような強い懐かしさを感じた。

サンフランシスコの日本人町で行われたお祭りで。
それがきっかけだったと、高橋さんは言う。

ぼくも思い当たる。
ぼくの場合は、80年代の後半、
池袋の西武百貨店の屋上で、
りんけんバンドのライブコンサートを聞いたとき、
まさに、「血がさわぐ」のを感じた。

どうしてこんなに響くのだろう。
どうしてこんなに懐かしいのだろう。
それは切ないくらいだった。

それから、90年代初頭に、
那覇に行った時、
街筋に飛び交うおばさんたちの話す言葉が
ある程度、分かったのに驚いた。

つながっているのを感じた。

それが、沖縄とのつながりのなかで、
与論島を見つめる原動力になったのだ。

こういう体験、ありますか?



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コメント

10年ぐらい前、東京での奄美大島の島唄ライブで。
アンコールの六調が始まると同時に踊り出す。
当時、まだ踊れなかった私は、
あちこちで踊りつぐ人たちの姿に圧倒されました。
そのライブでもっとも衝撃的かつ印象的だった光景です。
そのとき、「この人たちの血が踊るんだ」と感じました。

そして02年。奄美大島のある場所で
「やっと 帰ってきた」と感じました。
それは「血が騒ぐ」という激情ではなく、
それまで感じたことのない静謐で、
からだ中の力が抜けて惚けたのでした。

投稿: sarah | 2007/04/21 21:42

sarahさん、コメントありがとうございます。

「血がさわぐ」も「力が抜ける」も
同じ、島の力なんですね。

なるほどと思いました。

投稿: 喜山 | 2007/04/22 09:18

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