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2007/03/24

消え入りそうな島影

五色の与論島の発想は、
この美しい航空写真のような映像体験が
できるようになって得られたものだ。
ぼくたちが飛行機で与論に行き来するようになってから。

でも思い返してみると、
その前は、
外海の洋上で船から島を見てきたのだった。

ぼくは、島影を見ても、
胸が締め付けられる思いをしてきた。

いまにも海面に消え入りそうな島影が切なかった。

いま思えば、「消え入りそうな島影」ではなく、
海面に顔を出して、「今、生まれたばかりの島影」
と発想してもよさそうなのに、
そう感じることはなかった。

短い滞在や別離の場面と重なっていたから、
消えるほうに思いが傾いたんだろうと思う。

 ○ ○ ○

この、「消え入りそうな島影」は、
「五色の与論」とは別に、
島の特徴を示すだろう。

 横からの視線 「消え入りそうな島影」
 上からの視線 「生まれたばかりの島影」


実際に島を一周してみれば、
結構アップダウンはあるけれど、
それでも、いわゆる山はないというのは当たっている。

だから、島のどこにいても、
視界をさえぎられることがあまりない。
空と海の見える頻度が高い。

それが、島の広がりと大きさを生んでいる
もうひとつの要素であり、
島尾敏雄をして、「大陸のなかの高原」を
幻視させた理由のひとつだ。

 ○ ○ ○

それにしても、
「消え入りそうな島影」と、
「生まれたばかりの島影」
を繰り返すものが島にはある。

そう、百合が浜だ。

百合が浜は、やっぱり、与論のなかの与論。
シンボル的な場所だ。



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