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2007/03/26

小さな手が受けとめる

しまおまほさんが、『まほちゃんの家』で、
マヤさんのことを書いてくれて、
なんとも救われる気持ちになりました。

ぼくは、2005年の『死の棘日記』で、
マヤさんの他界を知りました。
母のミホさんの言づてだったか、帯にあった解説からだったか、
すぐには思い出せないけれど。

島尾伸三さんの声は、
2004年の『東京~奄美 損なわれた時を求めて』
聞くことができました。

そこにも、マヤさんのことは触れられています。

ただ、ふたつとも事実をそっと書き添えておくような
言及にとどまっていました。

マヤさんはどのように生きたのだろう。

そのことは、いまは滅多に体験できなくなった、
喉にささる亜熱帯魚の小骨のように
気にかかってきました。

だから、まほさんの『まほちゃんの家』で、
マヤさんの素顔が描かれていて、
とても嬉しくなったのです。

 ○ ○ ○

 幼いわたしが抱いていた、彼女に対する
 たまらない愛情はいまでもハッキリと覚えています。
 当時のそれは積み重なる感情の下で
 時に見失ってしまうようなものとは遠い、
 まるで形があるかのように
 わたしの身体のなかに存在していました。
 マヤさんのことを考えると
 わけもなく嬉しくなる、
 いまどうしているか気になる、
 会うのが待ち遠しい。
 マヤさんが茅ヶ崎の家からひとりで我が家へ
 やってくる日は、お祭りよりも誕生日よりも
 特別な一日でした。

この、恋心のような、
まほさんのマヤさんへの愛情は、
大きなものです。

本当なら感想など書かずに、
そっと胸の中にしまっておくべきことかもしれません。
けれど、『まほちゃんの家』には、
伝えたい想いがあるのを感じるので、
それに添えるなら、
ぼくの感想も許されるのではないかと思えます。

マヤさんが幼いころ、手にやけどをおってしまう。
そのことで、祖母である島尾ミホさんは、
息子の伸三さんを咎めます。
やけどのことだけでなく他のことまで
叱責が及んだところで、
祖父であり伸三さんの父である島尾敏雄は、
「ミホ、もうおよしよ」とつぶやく。
そんな場面。

 父はいつものように目をつむって石になり、
 母は「ハイ」と話を聞く。
 マヤさんはそれを少し離れてみている。
 本当に本当にどうしようもなく途方もない時間に、
 わたしはやけどの痛みを忘れて泣きました。

こう、まほさんは書きます。

不謹慎な連想に違いないのですが、
ここに、約三十年後の「死の棘」の物語を
見てしまいます。

数十年経った場面では、
そこにいるのは、父母と息子娘の四人だけではない。
もうひとり、孫がいたのでした。
孫も「死の棘」の物語の流れのなかに
いやおうなく立ち会ってしまいそうです。

ところが、すぐ後に、
まほさんはこう書きます。

 廊下で祖父が祖母を抱きしめて、
 祖母が心の底から嬉しそうに笑います。
 わたしも真似てマヤさんを抱きしめて、
 マヤさんも嬉しそうに抱き返す。
 そんな時間は、父も母もいあにほうが
 なんとなくやりやすかった。

まほさんは、
やはり否応なく「死の棘」に続く場面に立ち会ってます。

けれど、そうには違いないのですが、
ただ巻き込まれるように立ち会うのではなく、
まほさんは彼女にしかできないやり方で事態に向き合い、
そして時満ちて今、書いてくれているのではないでしょうか。

島尾隊長とミホを髣髴とさせる場面があり、
それを孫は見、そこからよきものを受けとり、
ミホさんを抱きしめ、ミホさんに抱きしめ返される。

まほさんは、ここでミホさんを癒すというだけではない。
それを読む、『死の棘』の読者をも癒すことでしょう。
ぼくたちは、物語がここまで進むのに、
世代をまたぐ必要があることに大きくうなずくでしょう。

そして物語を救うのが、
大人の大きな手ではなく、
弱々しいまだ未熟な、小さな手であることにも。

 ○ ○ ○

マヤさんのことだけが、
『まほちゃんの家』のモチーフではないのだけれど、
まほさん自身も、マヤさんのことが気がかりだったと
あとがきに書いています。

 マヤさんがいなくなって、
 目の前の景色が変わったような気がしていた。
 優しくて、綺麗で、宝物だったマヤさんへの
 気持ちや思い出を、自分の中だけにしまっておくのは
 息苦しいしもったいない気がしていました。

こう書くのなら、
ぼくたちはまほさんにお礼を言いたくなります。
よく書いてくれました、と。

おかげで、マヤさんのことを受けとめる
手がかりを持てました。
それは、ありがたく貴重なものです。

  まほちゃんの家

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