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2007/03/08

「ウランバーナの森」を抜けて

読書家の同僚が強引に貸してくれて、
奥田英朗の「ウランバーナの森」を読む機会をもらいました。

 ○ ○ ○

ぼくはビートルズ解散後のジョン・レノンの生を
6つの段階で見てきました。

 1.自己発見 (1970年)
 2.自己表現 (1971年)
 3.挫折   (1972年~1973年)
 4.自己解体 (1974年)
 5.自己治癒 (1975年~1979年)
 6.自己相対化(1980年)

ジョンは、30歳から40歳までのたった10年の間に、
もっと若いうちに済ませているはずの自己発見から、
もっと老いてから辿りつくだろう自己治癒、自己相対化までの
プロセスをきちんと辿っているのに驚きます。

なかでも、自己治癒と自己相対化は、
彼の他界が完結してみえる大事な要点になっています。

この過程をみると、彼は特に1975年以降において、
“偉大”だと思うのです。

よく言われるハウスハズバンドが偉大なのではありません。
そうではなく、この期間に、
自己治癒と自己相対化をやってのけているのが
偉大だと思うのです。

なぜなら、

 愛されなかった人は、
 愛することはできないのか。

その、難しい問いに、
「できる」と答えているからです。

どうしてジョン・レノンにはそれができたのだろう。
その鍵に、ヨーコとそれ以上にショーンの存在がある
ということは分かっても、
なぜ、それができたかはわからない。

それをぼくは、偉大と言うしかないと考えてきました。

 ○ ○ ○

長い前置きになってしまったけれど、
だからこの小説のあとがきで、

  彼は三十代半ばまで、あきらかにハリネズミの
 ような人物だった。何かに苛つき、触れるものすべてを
 傷つけてきた。それが四十にしてその針を収め、
 争うことをやめたのだ。
  空白の四年間に何があったのか。彼の心を癒すような
 出来事が何かあったのではないだろうか-。

と、著者が書くのには、とても共感します。

そして、その謎を小説の力で解いたのが、
「ウランバーナの森」です。

著者のように、ジョン・レノンの生に関心を持っていたので、
この小説の流れはいちいち腑に落ちました。

そして、なぜ自己治癒できたのかということについて、
ジョンの母も、傷ついた少女だったこと、
そしてその母をジョン自身が包み込むことで、
ジョン・レノン自身の治癒を果たすということ。

たしかに、自己治癒はこういう形でしかありえないだろう、
ということを、小説の力で実現していました。


「ウランバーナの森」を抜けて、ジョンは癒されました。
そして、それを読むぼくたちも、
ある癒しを受け取っているはずです。

読んでよかったと思いました。
これは、今のぼくにとっても必要な本でした。

同僚には感謝です。

Ulanbana









  ウランバーナの森



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