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2007/03/10

カウンター・カルチャーの行方4

 時代のテーマの変遷を背景に置いて、ビートルズと解散後のジョ
ンとポールが担ったカウンター・カルチャーの行方という重たい課
題を前にすると、アルバム『LOVE』はどんな表情をするだろう。
 まず、現在が声にならない声で「セックス&ピース」をテーマに
しているとするなら、「LOVE」自体は、そのままでは時代には
応えられない。

 ぼくたちは「セックス」というテーマが屹立することを、関係性
の喪失として捉えてきた。
 この、対他的な関係をどのように築くかという課題に、たとえば
インターネットは、コミュニティによる新しい相互扶助や、直接民
主主義の可能性や、発信する消費者の台頭によって、新しいつなが
りを生み出しつつある。これが、何かをもたらすことは信じられて
よいことだ。

 けれど、「セックス」が「ラブ」と切り離されてあるということ
は、心と身体がバラバラに感じられていることを意味している。
「ラブ」と言うためには、心と身体がバラバラに感じられることに、
どのように向き合えばいいか、応えなければならない。しかし、イ
ンターネットはむしろ、分身として参加することによって、心と身
体の他に、頭も別になる契機として存在している。いまや、心と身
体がバラバラなだけではない。ぼくたちは、頭と心と身体をバラバ
ラにして生きなければならなくなっているのである。ここでも「ラ
ブ」それ自体は正論に過ぎて、問いの前に立ち尽くすしかないよう
に見える。

 「ピース」の課題ははっきりしている。
 「ピース」は、アメリカ一国の覇権主義に対する否定としてだけ
ではなく、戦争自体への否定として言うのでなければ、声にする理
念にはならない。それははっきりしている。

 さて、ぼくたちにカウンター・カルチャーの可能性があるとした
ら、それは、世界に「否」を言うことから始めることではありえず、
しかも、世界を変える可能性を手にすることだ。
 それをアルバム・タイトルの『LOVE』では担いきれないとし
たら、他に何があるだろう。それは、頭と身体と心を分離させなけ
れば生きていけないことに対し、それでもそれらをひとつに取り戻
す力を持っていなければならないはずだ。

 それはやはり、どんなに非力にみえても、言葉による自分と世界
の編み変えの可能性、ではないだろうか。
 曲「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ/ウィズイン・ユー、ウィズ
アウト・ユー」の意外な新鮮さのように、もう既知のことだと思わ
れることも、編集が加わることで、全く違う響きを持ちうる。ぼく
たちは、言葉によって世界は変わる、世界は私の像的身体、それを
手がかりに言葉を探っていくこと。それは、『LOVE』がよく応
えているかどうかはともかく、『LOVE』から受け取ることがで
きる世界への態度なのではないだろうか。

 ビートルズは新しくなれたのである。自分と世界だって編みかえ
ることができるはずだ。そう受け取りたい。

(超自然哲学39 「6.『LOVE』はビートルズを編みかえる」)


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