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2007/03/15

「ONE PIECE」のNP変換

 子どもから借りて、海賊冒険譚の漫画『ONE PIECE』を
読んできた。とてもいい作品だと思う。

 いまでも特に忘れがたいのは、第16巻のトニー・トニー・チョ
ッパーの話だ。
 鼻がどういうわけか青いため、生まれた直後に親に見離されたト
ナカイがいた。トナカイは親だけでなく仲間からも嫌われ苛められ
て、いつも群れの後ろについて歩いていた。けれどある日、トナカ
イは「ヒトヒトの実」という「悪魔の実」を食べて人間に近い身体
に変化する能力を身につける。そこで、仲間外れを嫌って人間に受
け容れてもらおうと、人間身体になって人里に下りてゆくのだけれ
ど、人間身体としてはふつうの人には見えず、今度は「雪男」と見
なされ銃で追われてしまう。

 作中、そんなトナカイの面倒をみてきた人物ドクター・クレハは、
トナカイと知り合った海賊達にこう語る。「何が悪いのかわからな
い。何を恨めばいいのかもわからない。ただ仲間が欲しかっただけ
なのにバケモノと呼ばれる。もうトナカイでもない…人間でもない…
あいつはね。そうやって…たった一人で生きてきたんだ…。お前達
に…あいつの心を癒せるかい?」(尾田栄一郎『ONE PIEC
E 巻16』ジャンプ・コミックス、2000年)。

 こんなテーマは、必需的支出が消費支出の大半を占めていた「穴」
型の生活段階の頃に、精神の「穴」(=欠如)の物語としてよく取
り上げられていた。
 ところが、この問いを差し向けられた海賊達は別の場面で、トナ
カイが人間に変化する様を見て、「バケモンだ!!!!」(同上)と驚
いた後、「いい奴だ!!!おもしれェっ!!」(同上)と、目を輝かせ
ながら仲間に入れようとするのだ。かつて、精神の「穴」の物語は、
その「穴」(=欠如)をどのように埋めるかという道筋を辿った。
でも、ここで提示されているのは、「穴」をそのまま「山」(=過
剰)と見なすような視線だ。鮮やかなNP変換である。

 この視線変更の場面にぼくたちは新鮮な驚きを覚えながら、物語
を追ってゆく。そこにある新しいリアリティに惹かれるのだ。こん
なNP変換なら、やりたくなる。

 漫画『ONE PIECE』は、海賊たちが、悪魔の実を食べる
ことで、それぞれに超人的な力を手に入れる。主人公は、ゴムゴム
の実を食べて、身体をゴムのように伸ばすことができるゴム人間だ。
トナカイのトニー・トニー・チョッパーは、トナカイなのにヒトヒ
トの実を食べて、人間の力を得てしまう。バラバラの実を食べると、
身体をいつでもバラバラにしたり戻したりすることができる。ウシ
ウシの実を食べると、人間でありながら闘牛のようになることがで
きる。こんな超人間たちの破天荒な物語なのだ。

 ところで、ここでの文脈でいえば、悪魔の実を食べた超人間とは、
自分自身をイメージ的身体化していることが分る。ゴム人間は、ゴ
ムとしてイメージ的身体化した人間なのだ。だから、この作品の実
感は、すこぶる第三次的なのだと言える。
 これは漫画だから空想産物として当然なのではない。非現実なの
だけれどリアルなのは、単にゴムの身体になるというだけではなく、
主人公は、ゴム人間としての能力を強く発揮しようとすると、身体
にそれが負担として跳ね返ってくる。身体全体をゴムのように流動
させると、その反動としてしばらく動けなくなったり、小さくなっ
たりしている。これは、ゴムとしてのイメージ的自然に身体が従っ
ている状態で、この反作用を捉えた点に、すこぶる第三次的なリア
リティがあるのだ。

 この作品がイメージ的身体の世界の中で遊ぶだけになっていない
のは、この反作用によっていつでも生身の身体を思い出すようにあ
るということと、欠如をそのまま過剰とみなすようなNP変換の視
点があるからだ。
 それが物語を、ゴムよろしくのびやいだ世界にしている。ぼくた
ちはこの作品に触れながら、心身が解放されるのを感じるだろう。
 ぼくたちは、この身体と視点ののびやぎを現実世界の中で活かし
たいと願っている。

(超自然哲学44 「7.インターネット時代の生活技術」)

「超自然哲学」了

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コメント

「与論島クオリア」さん
 超自然哲学論は、できのよい話なのかもしれないが、この与論情報で論ずるべきこととは思えません
与論の島に興味のある多くの人にわかりやすく、多くの人が参加できる話しをしていただけませんか
 あなたの話は、学術論文とか別の場所で思いっきり語ってもらえばと感じるのですが・・・ 私だけですかね?そう思うのは
それとも、このサイトは何でもありなのかもしれませんね

 ひたすら、島の便りを楽しみにしています

投稿: サッちゃん | 2007/03/16 00:03

サッちゃんさん、コメントありがとうございます。喜山です。

いやおっしゃる通りです。
超自然哲学を紙面で公表する場を持たなかったので
ここに書いていました。

でも、終了しましたので、
与論のこと、与論への想いを
また存分に書いてまいります。

ご指摘、本当にありがとうございます。

投稿: 喜山 | 2007/03/16 08:59

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