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2007/03/14

異段階との接点

 異段階との接点は、神秘的なことを言っているのではない。第三
次以前の世界(自然)との交流を持つということだ。
 ぼくたちの世界が、第三次にあるということは、第三次の関係し
かないという意味ではなかった。第二次、第一次、第零次の世界を
層として持っていることを意味していた。ただし、第三次が層とし
て厚いということは、日常的な関係が、第三次的であることを示し
ている。

 ここでも言えることは、ぼくたちは第三次の世界で自足する存在
ではないということだ。ぼくたちが人間としての力を生き生きと保
つためには、第三次以外の異段階との接点を持つことが必要だ。

 それは簡単なことだ。ぼくたちは前に、第二次は「モノをつくる」、
第一次は「植物を育てる」、第零次は「動物を捕る、植物を採る」
と言い換えてみた。これらのことを生活行動の中に組み込むのであ
る。
 モノを作る行為は、モノの手触りから隔たるようにある第三次の
関係の仕方からすれば、自然を非有機的身体にする手応えを感じさ
せてくれる。自分を有機的自然にして、道具としての肉体を実感す
ることができる。モノをつくりながら、見たり触れたりする過程で、
実感らしい実感が得られるのだ。
 植物を育てるのもいい。植物はその場に止まりつづけるけれど、
芽を出し日差しの方へ葉を茂らせて、植物が太陽を生命源にした生
き物であることを教えてくれる。そして、それを育てるということ
が、有機物としての自分へ跳ね返り、自分自身の身体への配慮に注
意を向けてくれる。

 動物を捕る、植物を採るのも同じだ。狩猟には制限があるけれど、
現在的な形態としてペットを飼うことも挙げられるだろう。ペット
は人間のエゴには違いないのだが、それだけではなく、生き物と関
わるということは、絶え間ない手入れが必要なことを教えてくれる。
単に慰安を与える存在だというだけでなく、生老病死を凝縮して伝
えてくれるのだ。
 植物を採る行為には、その延長に、自然に触れる、自然を見る行
為を含めてもいい。ぼくたちは、人工的自然をイメージ的身体化す
るだけでなく、天然自然をもそうしてきた成り立ちの深層に触れる
ことができる。それは、人間としての力を保つのにとても大切に違
いない。

 OFFの作法、リアルへの出口、異段階との接点。これらは、デ
ジタル・イン、アナログ・アウトを具体的にする生活技術なのだ。

(超自然哲学43 「7.インターネット時代の生活技術」)


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