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2007/02/22

進行と遡行

 現在は、第三次の段階にあり、過去は第零次まで遡行できるよう
になった。粗雑な概念化だけど、人間の歴史を、第零次から第三次
までの四つの段階
に整理したことになる。このことは、ぼくたちが
第三次に属して、第二次以前は過去として存在しないという意味で
はない。第二次以前の関係も、層としてぼくたち自身が持っている
と思えばいい。これは、産業構成で示すことができる。

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 これで見ると、2004年時点の第一次産業は5%弱、第二次産
業は、約28%、第三次産業は約67%である。ここからおおよそ、
日本は第零次0%、第一次5%、第二次28%、第三次67%の段
階構成をしていると見なすことができる。

 しかし、これはすぐに第零次は存在しないことを意味しない。第
零次産業は、区分として第一次産業に内包されていたり、見てきた
ように、南島のなかで実感できたりするからだ。また、第三次産業
のなかにも小売業のように、第一次産業を内包して、イメージ的身
体化という行為がぴったりこない分野もある。
 ここでは、段階を層として内包していると見なしたい。

 そしてそれだけでなく、第三次もそれとして段階の進展を止めて
いるのではなく、先へ進んでいる。そしてその進みゆきは、同時に
過去にも遡行しやすくなることを意味してないだろうか。
 たとえば、宇宙の科学などは典型的にその例を示している。ぼく
たちは宇宙の果てのことが分かるほど、宇宙の起源のことを理解で
きるようになる。ちょうど天体望遠鏡が発達して、何百億光年先の
遠い星まで観測できるということが、気の遠くなるような過去を知
ることと同義であるように。

 段階の認識も同じではないだろうか。ぼくたちは、第三次までき
て、第零次のことが理解しやすくなったのではないだろうか。それ
は、認識の深化かもしれないし、第零次と第三次が、どちらも自然
をイメージ的身体化するという関わり方が共鳴しているからかもし
れない。

 ぼくは言葉についても、そのような感触を持っている。『おきな
わキーワードコラムブック』
でみたように、方言を忘れ、標準語を
習得することが生きる術だと考えられていた時、まるで方言という
自然を非有機的身体化するように、標準語に置き換えていた。方言
をしゃにむに標準語に替えるのは、「加工」というのがふさわしい
変身だったに違いない。けれど、時を隔てて、第三次という都市の
世界になり、方言が忘却されて身体から離れてみると、方言の見え
方が天然自然ではなく人工的自然にみえ、そこで言葉を遊ぶように、
見直すことができたのだ。方言を対象化することができるからこそ、
方言の起源に遡行しやすくなった。そんな実感がある。

 もう少し進めていえば、分からないことだらけになった現在の社
会を捉え、十全に生きようとすれば、たとえば、インターネットで
自分の分身を使ったコミュニケーションをすることと、南島へ旅す
るように第零次の世界に触れること。この、第三次と第零次の振幅
を生きることが求められているのではないだろうか。

(超自然哲学23 「4.南の島に惹かれるのはなぜ」)

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