« 言葉と戯れる | トップページ | NP(ネガティブ-ポジティブ)変換 »

2007/02/06

言葉で世界は変わる

 人間は、全人工的自然を人間の像(イメージ)的身体とし、
 全人間は、人工的自然の像(イメージ)的自然となる。

 この命題をベースに、「世界は私の像的身体」という言葉を置いて
みた。そして、言葉こそは像(イメージ)的身体であるとすると、そ
れは言葉で世界は変わることを意味しているのではないだろうか。
 世界の現れ方は、言葉をどのように編むかによって決まる。そうい
うことを表わしているのではないだろうか。ビートルズの「愛こそは
すべて」ならぬ、「言葉こそはすべて」なんじゃないだろうか。

 人間の営為が、自然の「非有機的身体」化ではなく、「像(イメー
ジ)的身体」化であるということは、加工(モノづくり)から、編集
(コト編み)にテーマが移行しているということだ。すると、何を言
うかではなく、どのように言うか、それが大事だということだ。

 ものは言いよう、とぼくたちはときに言う。
 それを言うとき、本来はネガティブなことなんだけれど、その場の
雰囲気を悪くしないために無理にポジティブな言い回しにしていると
いうニュアンスが含まれている。つまり、どちらかというとネガティ
ブな表現として使っている。けれど、そうではなく、もう、ものは言
いようでしかない。ものは言いようから始めるしかない。言いようを
こそ考えなければならない。そうではないだろうか。

 現在、関係破壊、格差拡大、再武装論など、ぼくたちのまわりには、
ネガティブな事象が溢れかえっている。こうした問題に向き合う時、
すべては言葉の問題だとして、言葉を編みなおす必要があると思える。
ものは言いようの力を発揮するのだ。何のために? 言葉を変えるこ
とで行動を変えるために。

 ぼくはこのことを、半分は、豚もおだてりゃ木に登るではないけれ
ど、肯定的な評価を受けたことで、世界や関係ががらりと変わってみ
えたという経験と、でももう半分は、実感が伴わない、というか、世
界は変わらないという諦念に負けそうになるけれど、原理的にそうな
らそうなるのではないかという演繹の両方から、これを考えている。
 言葉で世界は変わる。この命題は内実を満たされるのを待っている、
と。

(超自然哲学7 「2.世界は私の像的身体」)

|

« 言葉と戯れる | トップページ | NP(ネガティブ-ポジティブ)変換 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 言葉で世界は変わる:

« 言葉と戯れる | トップページ | NP(ネガティブ-ポジティブ)変換 »