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2007/02/24

新日本紀行の与論

今日の11時は、島人も全国の出身者も
テレビの前に釘付けなのかなと思いながらNHKを観ました。

「新日本紀行」で、39年ぶりに与論が出るというのです。

 ★ ★ ★

菊千代さんが出てくれば、
ああこの人のおかげでぼくたちは、
島の言葉や民俗を忘れないでいられると
感謝の気持ちでいっぱいになり、

息子の菊秀史さんが、
学校で与論の言葉(方言)を教えるのを観れば、
30年前は、この同じ教室の中で
方言をしゃべれば指弾の対象になったのに、
いまや、子どもたちが、
発表と称して、方言を一所懸命、
話そうとしている、
その映像に隔世の感を覚えました。

砂糖きびを刈る姿は、
39年前と変わらぬ風景としてあり、
かやぶきの屋根や糸満漁法と呼ばれる漁や、
バナナやパパイヤの茂りっぷりは、
39年前には豊かにあって今は乏しい風景でした。

39年前の映像は、
茶花小学校で、何かの授業の時、
みせてもらった覚えがあります。

子どもたちが、砂浜に飛び出してきて
海に向かって走るシーンを覚えています。
たしか、あれは「新日本紀行」だったんじゃないかな?

今回、ぼくがいちばん嬉しかったのは、
島の少女ふたりが、
かりゆしバンドを観て三線を覚え、
いま、与論の言葉で歌をつくりたいと思っていると、
映像で語っていたことでした。

ああ与論島の価値を、
作らんとする若い意思が育っていると、
そのことがとても嬉しかった。

 人数じゃない。
 ひとりでも、その意思、想いこそが強いんだ。
 それが大事なんだ。

そう改めて、
若い芽が出ることに、
大人は励まされます。

そしてぼくはいつものように、
いてもたってもいられない気持ちになるのでした。

 ★ ★ ★

ほんの蛇足。

民法のテレビ映像がとかく虚飾に流れるとしたら、
今回のNHK映像は、
撮影の対象がではなく、撮り方が、
実像より地味で乏しい方に流れていました。

与論島の人も自然も佇まいも、
もっと美しいのに、と。

そして、映像はふつう、わあこんな世界があるのかと、
広がりを感じさせてくれるのに、
ぼくが撮るときみたいに、
カメラで視界が限られているというような
制約感がつきまとって、
それがちょっと残念でした。

でも、39年前、ぼくが幼少の頃の映像も挿入されて、
嬉しいひとときでした。

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