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2007/02/09

Nにとどまる

 NP変換、ネガティブをポジティブに変換する。そう言った後に、
ぼくは急いで付け加えなければならない。

 N、ネガティブにとどまれ、と。
 自分で書いていても、自分の中の意欲のなさから憎悪まで、そん
に簡単に、ポジティブ変換できるものではないという思いが頭をも
たげてくる。ただ単に依怙地になっているだけのこともあるだろう。
けれど、ネガティブな情念が過ぎてゆかないのは、過ぎるための言
葉を見つけていないということだ。自分でも理由がよくつかめない
のに、ネガティブな感情や状態になるとしたら、そこにはじっくり
届かせなければならない言葉があるはずだ。

 NP変換しようとして解放されないなら、それは言葉が上ずって
いる印だ。そんな時そんなテーマのことは、無理にポジティブ変換
するものではない。ネガティブに止まっているべきなのだと思う。
そのときは、口にするのは止めよう。黙っていよう、沈黙しよう。
沈黙は、言葉の発酵期間だ。自ずと言葉になって出てくるときを待
てばいい。

 気後れするならひきこもればいい。憎悪がやってくるなら向き合
えばいい。慌てることはない。いまどきの人生、ある種のビジネス
書があおるほど簡単に決まってしまうものではないし、年長者を見
て思っていたほど、実際になってみると成熟もへちまもあったもの
じゃない。ゆっくりいくしかないのだ。

 ネガティブにとどまろう。自分の底板をはずさないために。

(超自然哲学10 「2.世界は私の像的身体」)

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