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2007/02/27

浮上する身体性

 都市感性やウェブ感性と名づけたものは、人工的自然としての都
市やインターネットの環境があれば、国家や人種を横断して育まれ
る感性であると考えた。

 それでは、第三次の進展は、そのまま共通する感性が次第に普遍
化し、人間を覆う事態であるだろうか。ぼくたちは、都市感性やウ
ェブ感性のなかに溶解して、あなたとぼくは区別がつかない存在に
なるだろうか。たとえば、言語は英語が世界共通語になり、他は要
らなくなるだろうか。

 そう問いを立てると、そうなるはずもなく、共通感性は人間の感
性を全て覆うことはないし、また覆うことになってはならないもの
としてあると思える。

 都市感性やウェブ感性の共通感性が出現したということは、同時
に、差異の根拠になる身体性が浮上することを意味する。
 身体性は、ぼくたちの生身の身体を根拠に、目や髪の色、肌の色
の固有性、思考の癖、固有の方言などとして表出される。標準語と
いう国家の方言の中にあってもアクセントや訛りとして表出される
ものだ。身体性は、それぞれの個人の固有性を根拠にし、その深層
に人類の普遍的な領域が広がっている。言い換えれば身体性とは、
第零次の基層を再現する力のことなのだ。

 第三次の世界は、都市感性、ウェブ感性としての共通感性と身体
の二重性が明確になる段階だ。共通感性は、その誕生とともに、
共通感性に納まらない身体性を意識化させた。それが、都市の普遍
化と同時に、方言が新鮮に見える根拠であり、南島の身体性が浮上
してきた根拠である。

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(超自然哲学28 「5.都市感性・ウェブ感性と身体性」)


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