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2007/02/07

NP(ネガティブ-ポジティブ)変換

 言葉の編み直しをする。それは、ぼくたちが世界は変わると信じ、
また変えることができるという手応えを得るための方法ではないだろ
うか。

 商品でも人でも何でもいい。あるモノやコトについて、大勢で評価
をすると、大抵は圧倒的に、評価しない、に票が集まる。ポジティブ
とネガティブで秤にかければ、断然、ネガティブの秤が下がる。そう
いうものである。
 それはどうしてだろう? 悪いところは目につきやすい、人はそん
なもの。答え方はさまざまだ。

 それを人の性と言わないとしたら、ぼくはそれは人類が病との闘い
を歴史の主題としてきたからだと答えたい。たとえば、この世の単語
を集められるだけ集めて、それをネガティブ語とポジティブ語とに分
けてみれば、ネガティブ語が断然多いに違いない。

 たとえば直接のネガティブ語ではないけれど、ネガティブな状態と
して病名をサンプルに採ってみると、その数はごまんとあるし、むし
ろ細分化の一途を辿っている気すらする。それに対して、朗らかさや
心栄えのよさなどのポジティブな状態を表わす言葉は少ないのではな
いだろうか。統合失調症など症状を示す術語は多いけれど、どのよう
に楽しい人か、どのように気持ちのよい人かを示す言葉は、病状を言
う言葉に比べたら、直感的に言っても少ない気がする。

 性の悪さを明かすようなものだけれど、自分でも毒舌モードに入る
と流暢に言葉が繰り出されるのに、誉めるモードに入ると、あいつは
いい奴だと力んだフレーズを繰り返すばかりで、毒舌モードの流暢さ
はどこへやら、途端に表現が乏しくなる気がする。これは観察力のな
さでもあるけれど、そもそもネガティブ語とポジティブ語、ネガティ
ブとポジティブの状態を表す語彙数に差があるからなのだと思える。

 そしてそれは、人類が病との闘いを歴史の主題としてきたから、そ
の意味では当然であり、ネガティブ語の多いさは危機に対する察知の
力にもなっているのだと思う。
 大上段に構えて言い換えれば、ポジティブ語の開発は人類的課題な
のだ。

 そこで意識的に視点を変えて、ポジティブ語で世界を編み直す。そ
ういうことをしてみたい。
 ネガティブ表現としてある言葉をポジティブ表現に変換する。それ
をNP変換と呼ぼう。NP変換で世界を編み直すのである。
 ネガティブ表現は、評価するモノやコトの欠如を指摘し、その欠如
を批判するという形になる。これに対して、ポジティブ表現は、評価
するモノやコトの過剰を指摘し、それを誉めるだろう。無いことを批
判するのではなく、あることに着目しそれを伸ばす。それがNP変換
だ。

(超自然哲学8 「2.世界は私の像的身体」)

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コメント

喜山様。こちらでは、はじめましてです。NP変換とは何だろうと探してたら、ここに行き当たりました。確かに毒舌モードになると流暢に話せるのは、自分にも思い当たるところが。病との闘いの歴史だったから、という仮説は、なるほどと思いました。NP変換、これからの時代のキーワードかもしれませんね。

投稿: mb101bold | 2007/11/01 17:15

mb101boldさん

コメントありがとうございます。
お恥ずかしい。伝わるつもりの書き方になっていました。

mb101boldさんの深く呼吸するような記事を読んで、
見習いたいと思っています。
これからもよろしくお願いします。

投稿: 喜山 | 2007/11/01 21:49

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