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2006/12/08

新ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァーは優遊幻想曲

ぼくたちは10年前の1996年、
ビートルズのアンソロジー・プロジェクトのおかげで、
合計27を数えるテイクのうち、
初期形から完成形までの里程をたどるように
3つの「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」を聞いて、
それが未熟なものから成熟に至る成長ではなく、
それぞれが完成された作品になっているのに驚きました。

『アンソロジー2』に収録された3つのテイクは、
3つの段階というより、3つの独立した作品だったのです。
「切なさから幻想性へ」

だから、今回のビートルズの新作『LOVE』に収録された
「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」は、
テイク28と呼んでも、
4つめの「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」と呼んでも
おかしくありません。

その「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」は、
乱暴に分解すれば、3つのパートで成り立っています。

曲の前半は、初期の仮完成版で「軽く優しい」バージョン、
後半は、後期の仮完成版で「重厚な」バージョン。
そしてエンディングのリズム・トラックです。

そうやって今度の4つめの
「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」に耳を澄ますと、
この3つのパートそれぞれを
編集の対象にしているのが分かります。

前半は、初期の「軽く優しい」バージョンに違いありませんが、
ぼくたちが聞きなれた今までのより、
さらに前の初期バージョンが採用されています。
そこでは、まだ原型がそうであったように、
ジョンはアコースティックギターを弾きながら歌うのです。

後半は、これまでと同じ重厚なバージョンですが、
面白いのは、リンゴのドラムが騒々しく響く、
ワイルド・リズム・トラックと呼ばれる
エンディングのパートです。

成り立ちからいえばリズムトラックは
プロデューサーのジョージ・マーティンの留守中に、
ビートルズの面々がやりたい放題に
遊んだ演奏を盛り込んだものですが、

今度の編集ではもっと遊ぶように、
次にレコーディングされた「ペニー・レイン」や、
「ハロー・グッバイ」、「ピギーズ」などの曲のパーツが
ふんだんに放り込まれています。

この遊びは、思い起こせば、「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」
のエンディングで、ジョンが「シー・ラブズ・ユー」を歌い、遊ぶ
ところに起源を持っているものです。

さて、そうしてできあがった
新「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」は、
どのように響いてくるでしょうか。

 ♪ ♪ ♪

「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」は
不思議な作品で、
いつの間にか始まっていつの間にか終わるように
聞き流すこともあれば、
思わず立ち止まり、
精神と身体に染み渡るように打たれることもあります。

だからぼくはこれをひとつの音楽である以上に、
ある精神の構えと色調を持ったときにだけ
入口の門戸が開かれる詩であると受け止めてきました。

もともとこの曲が少年期の解放をテーマにした
幻想的なバラードであることや、
曲の前半と後半の速度をそれぞれ変えて同調させて
つないでいるので、
どこかジョンの声が非現実的に聞こえることからも、
そう受け止めるのが自然な気がするのです。

でも今回の「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」は、
なんというか、これまでのが
薄暮の原っぱにたたずむように感じられるのに対して、
アコースティックの調べに始まり、
華やかなエンディングになった分、
優しさと遊びが強調されています。

わかる人にはわかるという孤独な場所を少し離れ、
誰にも優しく語りかけて遊んでもらおうとしているようで、
勝手に造語するなら、優遊幻想曲とでも言うような
作品になっているのです。

好きな「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」が
また加わりました。

 ♪ ♪ ♪

ジョン・レノンはかつて、
ビートルズのレコーディングに満足していない曲の
代表格として「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」を
挙げていました。

ジョージ・マーティンは今度、それを受けて、
「もう許してくれているといいのだが」とコメントしています。

というのも、ビートルズが解散して数年経ってから、
ジョン・レノンからそのことを告げられ、
ジョージはショックを受けたのでした。

もしここでジョンが新「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」
を聞いたら、何と答えるかと想像してみると、
意外にその回答は明瞭な気がします。

彼なら、今回の試みを歓迎するでしょう。
でも、満足はしないのです。
喜んで聞いて、でも満足せずに、
「次は?」と聞くはずです。

それは、新「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」の
出来が悪いという意味ではありません。

もともとの作品を、
作者のジョン自身が作り直したいと思っていることが
まず、ぼくたちを立ち止らせます。

そして次にこの曲に不満を覚える、
のではなく、
ジョンに言われてみると、
ぼくたちにもこの曲はもっと違う展開の
可能性があるのではないかと思えてくるのです。

だからジョンのいない現在、
これはついに完成することのない、
永遠の未完の曲としてぼくたちの前に置かれているのです。

ここでぼくたちにできるのは、
「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」を、
元歌として、それを幻想性を膨らますように解き放つこと。
新しい「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」を
それぞれに作り出すことなのだと考えてきました。

だから、この新しい
「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」の試みは、
ぼくたちにとっても嬉しい事態です。

そしてジョンならずともぼくたち自身が楽しんだ後に、
次の「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」が
聞きたいと、そういう気持ちになってきます。

だから、ジョン本人ならなおさらそう思うでしょう。
許すも許さないも、曲を聞いた後、「悪くないね、次は?」
と訊ねてくる気がするのです。
そう思いませんか?

つくづく、不思議な作品です。

 ♪ ♪ ♪

ぼくにとって「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」は、
与論島の、とある原っぱを思い出させます。
そこには文字通り、野いちごがあったのですが、
だからというわけではなく、
そこがぼくたちの秘密基地だったからです。
そこは大人たちの目線の届かない解放区でした。

ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー
と言うなら、それと同じように、
ヨロン・アイランド・フォーエヴァー、なのです。

ところでこの小文は、
ジョン・レノンの26回目の追悼のつもりで書き出したのですが、
「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」のことは、
こんな風に受け止められるのに、
そもそものジョンの不在となると、
いまでもうまく整理がつかずにいます。

ぼくは以前、ジョンの他界を
「カウンター・カルチャーの消滅」を象徴すると
捉えたことがありますが、
それを踏まえていえば、ぼくたちは今に至るも、
消滅後の新しいビジョンを手にしてないのではないでしょうか。

当時、もうすぐ十七歳にならんとしていたぼくは、
ジョンの死の数週間後に、わけもわからず、
少年兵士さながらに、頭を丸めました。

そして確かに気分は戦闘モードでした。
それが、カウンター・カルチャー消滅に対する
ぼくの身体反応でした。

そんな少年兵士の顔をほころばせ、髪を伸ばさせる、
そんなビジョンを今からでも渡してあげなければなりません。

Let me take you down, cause I'm going to
と言ってあげなくてはなりません。

それが、「あとは引き受けた」と、
ジョン・レノンに言える条件なのです。

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コメント

 ビートルズの前は、パット・ブーンでありプレスリーでした

 ハートブレイクホテル、GIブルース・・・熱狂的に騒いでいました

 ニューオリーンズのジャズの調べ、カリブ海の
バナナボートのリズムは、ユンヌの仕事唄と全く違和感がありません
 
 デーォ・・・です
セッショができれば、感激でしょう、多分・・・

 ジョン・レノンのことは、多分、アイルランドの歴史に思いを馳せると・・・もしかしたら、小さな狭いユンヌの島のグローバルな鳥瞰図を描くことができるかもしれません

 久しぶりに、何日ぶりかで又お会いしましたが
、しばらく、事情で旅に出ることになりました

 かなりの長旅になります
また逢う日まで ご健闘を!

投稿: サッちゃん | 2006/12/09 00:32

理解できませんでした。
ビートルズは  レットイットゥビーしか
ききませんでした。
 プレスリーはききません
ニューオリンズは好きです
カリブのリズムはたぶんすきになるだろう
バナナボードは
ウィアーザワールドを思い出します。
 いい世界への旅立ち  祈っています。

投稿: 泡 盛窪 | 2006/12/09 06:25

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