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2006/12/25

南のサンタさん

クリスマスの生命は、ギフトだと思います。

宗教の背景が希薄なのに、
何とも言えない圧倒的なムードで、
年末の人の心をさらってしまうイベントの根拠は、
それが贈る心に活躍の場を
与えているからじゃないかって。

戦後、キャバレーで流行りだしたという
日本の由来ではなく、
起点から遠く離れて、
巷の恋人たち、家族に受け継がれている、
その理由です。

隣人との相互扶助という
かつては自然にあった関係性を無くし、
行き場を失った贈る心に
場を与えているのが、
クリスマスではないかと思うのです。

なかでも、親から子へのギフトはその中核に
当っています。

親は子へギフトします。
そのプレゼントは直接、渡されるのではなく、
子の枕元にそっと置かれます。
子は、朝を迎え、枕元に置かれたものに気づき、
特別な贈り物を受け取ります。

時間差を置いたギフトなのです。

ここには、もうひとつの時間差が挿入されます。
それは、子にとって最初、
プレゼントは、親からのものとしては表れません。

プレゼントは、サンタクロースによってもたらされます。
この時期、サンタは、
自分がこの世界に愛されていることの象徴のように表れ、
子にプレゼントを置く役割を果たします。

子は成長し、いつしかそれが、
親の演出によってなされたギフトなのだと知ります。
そのからくりを知ることによってもまた、
子は親の愛情をそこから受け取るでしょう。

ここにも、時間差を置いたギフトが盛り込まれているのです。

親子のクリスマスは、
こうして、時間差をかけた二重のギフトの意味を持っているのです。

この愛情の贈り物の深さと体験が、
恋人たちの贈る心に橋渡しされているのでは
ないでしょうか?

何ともいえず、
切ない雰囲気でこの時期を覆うものの
素顔はそこにあるような気がします。

この時期、
どの街角にも流れ続けるクリスマス・ソングには
辟易しますが、
大切なものが交わされていると思えば、
優しい気持ちにもなろうというものです。

    

ところで、与論島は、
与論島もまた、
南のサンタさんとして、
訪れた人にギフトを与え続けていますよね。

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