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2006/11/24

チョコレートモイッパイアルヨ

「チョコレートモイッパイアルヨ、ハヤクカエリナサイ」。

小那覇舞天が、通学と受験のため上京している
子ども二人を呼び寄せるために打った電報です。

ときは、昭和20年の年の暮れ。
つまり、敗戦の年です。

小那覇舞天は、どこからこの電報を打ったのか。
というのも、『笑う沖縄』によれば、
当時の沖縄本島は、
本土への電報取り扱いを開始していないのです。

可能だった宮古島まで行って打ったのか、
はたまたアメリカ軍の知己に頼んだのか。
それは謎なのです。

緊迫した状況のなかで、
何らかの手段を講じてまで打った
貴重な電報がこれ。

この肩の力の抜け具合というか、
ユーモアには骨太なものを感じます。

著者も、「私はこの電文に心の底から感動した」
と書きますが、ぼくもこの本の中で、
もっとも心動かされた個所でした。

 ♪ ♪ ♪

ほんの少し、付け加えるなら、
この電文の前半に、
ユーモア以外のものを感じます。

電文自体は、後半の「ハヤクカエリナサイ」が、
伝えたいことであり、
父親としての気遣いがある個所ですが、
ぼくは、「チョコレートモイッパイアルヨ」
にユーモアとは別に心惹かれます。

たとえば、ぼくの親父は、
与論言葉に堪能で標準語も当然話しますが、
傍で聞いていても、
与論言葉を話すときの方が、
流暢でかつ身体に合った
言葉を発しているのが分ります。

その親父が、
子どもに向かって標準語で声をかけるとき、
あるいは、手紙や葉書きの書き言葉にして語るとき、
なんというか、慣れない言葉を使うがゆえの、
ぎこちなさが少し出て、
子ども心に、気恥ずかしいやら
子どものくせに、かばってあげたくなる気持ちとか、
そんな想いがないまぜになったことがあります。

「チョコレートモイッパイアルヨ」。
この言い回しには、どこかその、
慣れない言葉遣いのぎこちなさが
潜んでいるように思えて、
言葉の意味とは別に、
懐かしさ交じりに心惹かれるのです。

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