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2006/08/28

冥王星の自己像更新

太陽系の自己像更新は、セレス、カロン、2003UB313を
加えるのではなく、冥王星を除くことで落ち着きましたね。

よって太陽系は9惑星から8惑星と自己像を更新することになります。
世界とは世界の理解の仕方であるということがよく分りますが、
今回は「惑星の定義」によって更新された理解像です。

 1.太陽を周回する
 2.自己重力で球体になるのに十分な質量
 3.その軌道周辺に類似の天体がない。

この理解がどう安定し、またどう揺らいでいくか、
長い目で見ていきましょう。

ぼくは、やはり星占い屋さんがどう解釈するのか楽しみなんですが、
この出来事は、太陽系の自己像更新というだけでなく、
冥王星の自己像更新の機会にもなっています。

冥王星は、太陽系の惑星という自己像から、
「矮惑星であり、トランス・ネプチュニアン天体の新しい種族の典型例」
へと自己像を更新しました。

ちなみにトランス・ネプチュニアン天体とは、
「海王星より遠方にあって太陽の周りを回る天体」
のことだそうな。

8planet





与論島のことを思えば、太陽系の自己像更新より、
冥王星の自己像更新になんとなく目が行ってしまいます。

なぜって、冥王星も端っこですが、
与論島も端っこ的運命を担ってきたからです。

島津藩による琉球から奄美割譲の際の端っこ。
1953年日本復帰のときの端っこ。
1972年沖縄返還までの日本の端っこ。

端っこと、こう書くだけで心惹かれるのはどうしてでしょうね。
端っこは、その位置にあることで、
ある花を咲かせるといいます。

与論島の咲かせる花は何でしょう。
冥王星が小さいながら、大きな楕円を描くように、
与論島も小さいながら、大きな何かを描いているのではないでしょうか。

たとえば、百合が浜もそのひとつ。
百合が浜は、与論島のなかの与論島。
それは浮き沈みを繰り返すから島にはなれないけれど、
島である瞬間は、
真っ白く優しく、人を迎える中心になります。

百合が浜を中心に考えれば、
与論島は陸といえども時に海に姿を隠します。
陸らしくないのです。

そういえば冥王星も固体だといってもその主成分は氷。
岩石を主役にみれば、惑星らしくないですね。


与論島が端っこであることで咲かせる花は、
日本との境界、海と陸の境界をゆらめき、
その境界をならして見えなくすること。

と、記しておきます。

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2006/08/17

太陽系の自己像更新

太陽系の惑星の数が、9個から12個になろうとしています。
国際天文学連合(IAU)発表の新定義案によれば。

新しい仲間は、セレス、カロン、2003UB313。
新しい仲間と言っても、惑星たちは突然、出現したわけではなく、
もともと存在していたのだけれど、
ぼくたちが発見あるいは見直したから、
新たな仲間になろうとしているわけです。

Solar_system_new






太陽系は自己更新します。
12個の新たな自己更新像です。

ぼくたちは宇宙について、
より理解を深めたことになるのでしょう。

ぼくはといえば、
この事態を星占い屋さんは
どう解釈、説明するのだろうと、ちょっと興味があります。
ここが腕の見せ所なんでしょうか。

そして、いつもの通り与論島を思います。
与論島も、太陽系の画像のように美しく、
ぼくたちの心を捉えます。

太陽系は科学が発達したと当然のように思われている現在でも
その自己像を更新しようとしています。

与論島だって、その自己像を更新していいのです。

しかも太陽系はその更新を、
減算ではなく加算で行おうとしています。

与論島の自己像更新も加算で行っていいはずです。
いまあるものの発見によって。
実は、もともとあったんだ、と。

加算による与論島の自己像更新。
やってみたいですね。

太陽系の自己像更新は、
宇宙規模の励ましみたいなものではないですか。

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2006/08/14

せりあがる『ハイ・イメージ論』

Google Earth で、
ぼくは真っ先に吉本隆明さんの「世界視線」を思い出して、
久しぶりに『ハイ・イメージ論Ⅰ』を見ています。

驚いたのは、『ハイ・イメージ論』は、
いまだ解き明かされていない現在に肉薄したもので
新鮮な論考と思い続けていましたが、
改めて出版された日付けを見ると、1989年、
もう17年も前なのです。

「海燕」に掲載開始された時期にすると、21年前。
ベネッセコーポレーションが福武書店と名乗っていた頃のこと。

それはどういう歳月なのか。

ぼくは、本体価格の1602円をどことなく違和感のある数字と
思って、しばし眺めて、気づきました。
消費税3%時代、です!

ぼくは当時、「ハイ・イメージ論」を読みたいだけの理由で
毎月「海燕」を買って読みふけりました。
確かに今生きている世界の未知に立ち会っている興奮を覚えながら。

でも、バブルはそのうち弾け、長い不況にあえぐうちに、
「ハイ・イメージ論」で展開されたことも冬眠に入ったみたいに、
あるいは冷凍保存されたまま、鮮度を失わずに来たようです。

本当は、「ハイ・イメージ論」後の展開を、
ぼくたちはしなきゃならなかったのでしょう。

「ハイ・イメージ論」以後、不況にもかかわらず、
ぼくたちの周囲は、ハイ・イメージ論的な展開を少なくとも
二つ持ちました。

インターネットと超高層ビル群です。
前者は1995年に始まり、高度情報化の価値化の意味を
具体的にしました。

もうひとつは、不況は無関係というように、
林立を止めなかった超高層ビル群によって、
都市の景観は、映像都市論の後を追うように、
ますます映像化されていっています。

いま、『ハイ・イメージ論』は、
真新しい新刊のようにぼくたちに迫ってきます。

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2006/08/08

東京榕樹

東京でガジュマルは育つと思いますか?

心配無用でした。
今年の梅雨の長雨もなんのその。
与論産のガジュマルの発育には何の影響もありませんでした。

いまも夏の日差しを浴びてすっくすっくと育っています。
恐るべし、ガジュマルの生命力。

この生命力があるから、
与論島の守護神として君臨してきたんだなと
独り合点しています。

Gajumaru









写真は、上から撮ったもの。
撮ったとき、少し不遜な気がしました。
守護神を上から撮るなんて、
という柄にもない気持ちが過ぎったからでしょうか。

でも、太陽(ティダ)から見れば、
ガジュマルはこう見えるんですね。

約280枚の葉っぱたちは、
空に向かってお日さまに向かって、
届きたい届きたいと、
言っているよう。

そんな風に見えませんか?
ガジュマルの心意気。

がんばれ。
大きく育て。


この東京榕樹は、
与論榕樹へ戻る日が来るでしょう。

それはやっぱりガジュマルも嬉しいでしょうね。

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2006/08/03

<癒す島>

はにかむようにうつむくけれど、
想いはきっと届いてる。
緑に映える花の赤も助けてくれる。
ハイビスカスは「ありがとうの花」だから。

白砂の汀に寝そべってごらん。
足元をそっと波がなでるよ。
うたた寝しても大丈夫。
ここは世界で一番、陸と海が優しく触れ合うから。

ガジュマルの木陰に腰かければ、
木の根が降りる。風が頬をなでる。
ティダにゆらゆらヲゥギが揺れる。
このまま全て溶けてしまえばいい。

願う人が後を断たないから、
星は流れつづけるの?
そう、それにいつ来ても願えるように
夜空は星の銀で埋め尽くされているんだ。

枝と枝の間を、
しゃなりしゃなりとツノダシが横切る。
珊瑚の森は、原色お洒落さんの晴れ舞台。
透明なたゆたいから、すべては生まれた。

Moolish_idol07_2






この地を初めて踏んだ人のように、
厳かに珊瑚岩の谷間を進む。
カソコソとアマンが迎えてくれる。
あいさつをしよう。この島の先住民に。

エメラルドの緑光る珊瑚礁。白波立つリーフ。
深み湛えた海の蒼。境なく続く空の蒼。
もくもく伸びる白銀の雲。
どこまでもどこまでも、島。


 ※ティダ=太陽
 ※ヲゥギ=砂糖きび
 ※アマン=ヤドカリ

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