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2006/01/14

「吉本隆明翁に会いに行く。」

吉本隆明がいる。それだけで励まされる。
ぼくにとって吉本隆明はそういう存在です。

雑誌『coyote』No.9 に、
吉本隆明のインタビューが載っていました。
東京池袋のジュンク堂の一階に、
吉本さんのアップの写真があって、
まるで重力圏に引き寄せられるように近づき、
雑誌を手に取りました。

coyote9











そこには80歳を超えた一介の翁の姿があります。
インタビューの中身も、
思想のフロンティアを語るというのではなく、
老いのフロンティアを語るものです。

いわば吉本隆明解体の言葉です。


 吉本さんのモットーは何ですか?
 吉本 モットーっていやあ、ええと、なんか、
 なんだろうな、よく学べとか(笑)、そういうの?
 -そういう座右の銘みたいなものです。
 吉本 ああ、そういうのは俺ないなあ。
 -ないですか。
 吉本 ないねえ。


この、インタビュアーの期待とそれに反する
吉本のあっさりした返しと、
にもかかわらずあふれる味わいがいい。


ぼくはバブル期に読み始めた遅れてやってきた読者だけれど、
吉本さんには言葉にならないくらい励まされてきました。

琉球弧を南島と呼び、そこに国家としての日本を相対化する
視座を置いた「南島論」には、南島に初めて自立的な価値を
見出してくれたようで、嬉しい興奮を覚えました。

講演録を読み、何気なく与論島という単語が入っているだけで、
孤独から解放される気分でした。

沖縄復帰運動に関して、「行くも地獄、帰るも地獄」
という批評を見たときには、救われる思いがしたほどです。

本物の言葉がここにあります。

琉球弧では、自分たちも日本人だから日本に入れてほしい
という弱小感に満ちた言葉ばかりを見ていたので、
南島自体の思想的な価値の大きさを言ってくれる
吉本さんの言葉は、激励に見えたのです。


いま、吉本さんは以前のように、
社会・政治現象に対して
必ず言及してくれるわけではなくなりました。
それは吉本さんのライフサイクルが老いに入ったので、
やむをえざることです。

でも、吉本さんが生きてこの世にいる。
そう思うだけでも、ぼくはまだ大丈夫という気がしてきます。

吉本さんは80年代の後半の『超西欧的まで』のなかで、
竹内好の生涯に触れてこう言いました。

  ひとりの思想家が、いずれにしろ、生涯において
 成しうることは大したことはありません。しかし、
 何がためにひとりの思想家は、ある時代に存在し続
 けるかと考えてみますと、いわば、じぶんが一刻も
 そのことを頭から去らないほど労苦してかんがえに
 かんがえぬいてやっと掴まえたものが、後の世代の
 人たちにとって、何となく独りでに、自然に身につ
 けてる、その地点に出遭うためです。それが、ひと
 りの思想家が生涯にわたって存在し続けることの意
 味だとおもいます。
     (『超西欧的まで』1987年、弓立社)

吉本さんのおかげで、ぼくたちが自然に身につけている
ものの大きさを思うとき、戦後の思想を支え、
いままた戦後ということの意味が大きくなっている現在に、
吉本さんがいる、その存在自体から励ましを受け取るのです。

吉本さん、どうぞお元気で。

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