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2006/01/21

隔てるものとつなぐもの

プリシア沖にテトラポッドが浮いていました。
そこで左右の海の色は少し変わっているように見えて、
まるでテトラポッドが海を別っているかのようでした。

隔てるものとつなぐもの。

tetrapod





(2006/01/02)

隔てるものとつなぐもの。

この言葉は、ジョン・レノンの作品を思い出させます。
『Walls And Bridges』。
邦題は『心の壁、愛の橋』と、
情緒が加えられていましたが、
それが的外れでない注釈をたしかジョンも加えていました。

『Walls And Bridges』は、
隔てるものとつなぐものの意味である、と。

ぼくはそれを、
いままで輪郭を保つように隔てていたものが低くなり、
向こうから水が流れ込むように、
向こうとこちらをつないでしまったことを
表現した作品と捉えました。

そして隔てることで保っていたもの、
それはジョン自身の自己でした。


このテトラポッドにも、それと似た感触を受けます。
それは左右の海を別つように見えるかもしれない。
けれど、海の水位が上がれば、たちまちテトラポッドは水没して、
右と左をの境を消してしまうだろう。

隔てるように見えるものは、
いつでも隔てるものではなく、
つなぐものによって、
いつでもその境界を消すだろう、と。

それが与論島だと、ぼくは思います。
ぼくは与論の力を、境界を消す力と考えているのです。

その力を試すように、
ではなく、
その力を教えるように、
テトラポッドが横たわっていました。

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2006/01/14

「吉本隆明翁に会いに行く。」

吉本隆明がいる。それだけで励まされる。
ぼくにとって吉本隆明はそういう存在です。

雑誌『coyote』No.9 に、
吉本隆明のインタビューが載っていました。
東京池袋のジュンク堂の一階に、
吉本さんのアップの写真があって、
まるで重力圏に引き寄せられるように近づき、
雑誌を手に取りました。

coyote9











そこには80歳を超えた一介の翁の姿があります。
インタビューの中身も、
思想のフロンティアを語るというのではなく、
老いのフロンティアを語るものです。

いわば吉本隆明解体の言葉です。


 吉本さんのモットーは何ですか?
 吉本 モットーっていやあ、ええと、なんか、
 なんだろうな、よく学べとか(笑)、そういうの?
 -そういう座右の銘みたいなものです。
 吉本 ああ、そういうのは俺ないなあ。
 -ないですか。
 吉本 ないねえ。


この、インタビュアーの期待とそれに反する
吉本のあっさりした返しと、
にもかかわらずあふれる味わいがいい。


ぼくはバブル期に読み始めた遅れてやってきた読者だけれど、
吉本さんには言葉にならないくらい励まされてきました。

琉球弧を南島と呼び、そこに国家としての日本を相対化する
視座を置いた「南島論」には、南島に初めて自立的な価値を
見出してくれたようで、嬉しい興奮を覚えました。

講演録を読み、何気なく与論島という単語が入っているだけで、
孤独から解放される気分でした。

沖縄復帰運動に関して、「行くも地獄、帰るも地獄」
という批評を見たときには、救われる思いがしたほどです。

本物の言葉がここにあります。

琉球弧では、自分たちも日本人だから日本に入れてほしい
という弱小感に満ちた言葉ばかりを見ていたので、
南島自体の思想的な価値の大きさを言ってくれる
吉本さんの言葉は、激励に見えたのです。


いま、吉本さんは以前のように、
社会・政治現象に対して
必ず言及してくれるわけではなくなりました。
それは吉本さんのライフサイクルが老いに入ったので、
やむをえざることです。

でも、吉本さんが生きてこの世にいる。
そう思うだけでも、ぼくはまだ大丈夫という気がしてきます。

吉本さんは80年代の後半の『超西欧的まで』のなかで、
竹内好の生涯に触れてこう言いました。

  ひとりの思想家が、いずれにしろ、生涯において
 成しうることは大したことはありません。しかし、
 何がためにひとりの思想家は、ある時代に存在し続
 けるかと考えてみますと、いわば、じぶんが一刻も
 そのことを頭から去らないほど労苦してかんがえに
 かんがえぬいてやっと掴まえたものが、後の世代の
 人たちにとって、何となく独りでに、自然に身につ
 けてる、その地点に出遭うためです。それが、ひと
 りの思想家が生涯にわたって存在し続けることの意
 味だとおもいます。
     (『超西欧的まで』1987年、弓立社)

吉本さんのおかげで、ぼくたちが自然に身につけている
ものの大きさを思うとき、戦後の思想を支え、
いままた戦後ということの意味が大きくなっている現在に、
吉本さんがいる、その存在自体から励ましを受け取るのです。

吉本さん、どうぞお元気で。

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2006/01/12

冬のオリオン

オリオン星雲が美しい。
言葉を失います。

NASAのハッブル宇宙望遠鏡がこれまでで
最も鮮明に撮影したと謳うそのオリオン星雲の映像です。

色鮮やかで幻想的で、何時間見ても飽きないほどに、
魅入られてしまいます。

オリオンといえば、中学高校の頃、
自分を持て余して見上げた夜の空に浮かんでいました。

オリオン座の三連星をみて、
つながりと隔たりに思いを馳せました。

その前は、与論島で見上げたオリオンでした。
でも、与論島にはオリオンだけでなく無数の星たちがありました。
いつものように流れ星もありました。

願い事をするには間に合わなかったけれど、
流れ星は何度も見ていました。

流れ星を何度もみて、願い事をすることはなかったこと。
それは、チャンスを逃してばかりいたということなのか、
チャンスはいつでもあることを知ったということなのか。

いつでもあると知ることができたのだと、
受け取っておきたくなります。

この美しいオリオン星雲の映像は、
無限の美はいつでもそこにあると感じさせてくれるから。

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2006/01/11

越冬するリュウキュウアサキマダラ

奄美大島で越冬するリュウキュウアサキマダラの記事があって
目を奪われました。

日経新聞だったので意外さも手伝って。

そこには、枝にぶら下がって羽を閉じて
集団で越冬するリュウキュウアサキマダラの写真があります。

そっと見守りたい光景です。

木霊がいるのは森が豊かな証拠、と言ったのは、
『もののけ姫』のアシタカだったでしょうか。

その言い方をならえれば、

リュウキュウアサキマダラが越冬しているのは、
森が豊かな証拠。そう言ってみたくなります。

木の枝に寄り添うように、いいえ、
木の枝になりきっている蝶たちの姿はとても美しい。


森を育もう。

多くのリュウキュウアサキマダラが越冬できるように。
そうすれば、春、ぼくたちはリュウキュウアサキマダラの、
その優雅な舞いに出会うことができるのです。

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2006/01/08

プロフィール

喜山 荘一、与論島生まれ。マーケター。
ヤーナー(童名)は、マニュ(眞仁勇)。
東京在住。


Papanuya

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◆著書

『珊瑚礁の思考-琉球弧から太平洋へ』(2015年、藤原書店)

『奄美自立論。四百年の失語を越えて』(2009年、南方新社)
『困ったときに見るeメールの書き方Q&A100』(電子書籍、2008年、ドゥ・ハウス)
『なぜ、キリン・ザ・ゴールドは求められるのか?』(2007年、ドゥ・ハウス)
『10年商品をつくるBMR』(山中正彦監修、ドゥ・ハウス編、2007年、ドゥ・ハウス)
『買う気にさせる3秒ルール』(2006年、中経出版)
『ビートルズ-二重の主旋律』(2005年、メタ・ブレーン)
『ウェブコミ!』(2005年、ランダムハウス講談社)
『聞く技術』(2005年、阪急コミュニケーションズ)
『図解Eメールマーケティング実践講座』(2000年、インプレス)

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2006/01/04

新しいフバマ

2006年は、与論島で正月を過ごした。
31年ぶりだった。

与論島はぼくのホームアイランド。
同じ言い方をすれば、ホームビーチ?はフバマ。

他の日ではなく元旦、そして三日。
フバマに足を運んだ。

ぼくはそこでフバマの表情が変わっているのを確認した。

巨大な珊瑚岩が海に崩落しているのだ。
きっと一世紀に一度、あるかないかの変化だと思う。

これまで、変化をもたらすのはホテルだったり、
珊瑚の消滅だったりした。
ホテルは観光化、珊瑚の消滅は温暖化だとしたら、
どちらも人為に責任を帰することができる。

けれど、珊瑚岩の崩落は、
去年の台風のなせる技なのか、人為ではない。
自然の所業だ。

自然の所業によっても自然は表情を変える。
そんな当り前なことを目の当たりにするようだった。

これは新しいフバマの表情だ。


ホームビーチのフバマが新しくなった。
だから、ぼくも新しい一歩を踏み出そう。
夢の実現のために。

そう誓った。ゆんぬの新しいフバマの前で。

newFubama200601


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