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2005/11/26

与論島の人口からの眺望

町役場から町勢要覧をいただきました。

そこにある人口推移と夏に図書館でコピーしてもらった「与論
町誌」をもとに、与論島の人口推移をグラフ化してみました。
1690年から2004年の3世紀にわたる数値です。ただ、
途中データのない期間は、比例的な数値で代替させています。
18世紀と19世紀の約100年の直線的な推移がその期間で
す。その点は斟酌しなければなりませんが、近世から現在ま
での与論島の人口をおおよそ把握することができます。

yoron_population

与論の人口は6000人を割ったと聞きます。ただ、人口減
少はいまに始まった話ではありません。人口推移から見た時、
与論島は長く下降期にあります。人口の推移をライフサイク
ルに当てはめてみれば、与論は既に老いのプロセスに入って
いることになります。

老いることは幼年に戻ることだとすれば、与論の人口は今、
どこまで若返っていることになるでしょう。比例的な推移を
てがかりにすれば、今から125年前1880年、明治13
年頃になります。

この年、与論では地租改正が実施されています。その前後で
は、12年に風葬が禁止、14年には豊年踊りが中止されて
います。この出来事を眺めるだけで、遅れてやってくる近代
が否応なく島にも押し寄せた時期だったことが分かります。

このことを受けとめれば、現在は近代によって喪われたもの
を回復、復元する時期に当っていると言えるかもしれません。
風葬が復活するということではありません。島は今、火葬へ
と歩み始めていて、近代化の途路に依然としてあることは間
違いありません。

風葬が復活するということではなく、たとえば風葬が担って
いた農耕社会以前の魂(まぶい)がたゆたうあり方を、理解
するように受け取るという意味です。それは具体的には、方
言社会に戻すことでなくても方言を理解し、改めて口にする
というような現われ方をすることもあるでしょう。

近代与論が無闇に葬ってきたものの価値を現在の社会のなか
に蘇らせることだと思います。

そして、現在は近代以前を見つめる段階にあると言っても、
社会の段階は既に近代以降を見据えられる時期に来ています。
それはたとえば、近代以前の価値を抽出作業の担い手が必ず
しも与論の人(ゆんぬんちゅ)でなければならないことは無
くなったことに現われると思います。

魂(まぶい)がたゆたいは、祭儀の共同性の資格を問わなけ
れば、誰にとっても共有可能なものとして解放されるからで
す。それが現在の特徴であるとともに、可能性です。

そう捉えれば、人口減少は必ずしも島の衰退のみを意味する
わけではなく、与論島の新しい段階を示唆してくれると思え
ます。

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