なーらんちゅの歌
ぱーぱー(祖母)が、
「うろー、なーらんちゅでーやー」(お前は、半端者だね)
と言ったから、ぼくは、なーらんちゅの歌を歌う。
たとえば、ご飯をお代わりするときに、
半分くらいで充分なときは、「なーら」と言う。
なーらんちゅ=半分の人。
ぼくが、言えるところだけ与論言葉を使って
しゃべっていたら、標準語とのまぜこぜに
ぱーぱーは苦笑して、なーらんちゅ、と命名してくれた。
卑下するのではない。
それは実に、自分の心境とぴったりだから。
ぼくはなーらんちゅ、なのだ。
それは、「『この味がいいね』と君が言ったから
七月六日はサラダ記念日 」と同じくらい、
そういうならそうに違いないと思えることだ。
だから、なーらんちゅの歌を歌おう。
なーらんちゅは、与論が大好きだけれど、与論に住めていない。
なーらんちゅは、与論言葉も大好きだけれど、半分しか喋れない。
なーらんちゅは、本格与論言葉が飛び交うなかにいると安心する。
なーらんちゅは、やどぅまーぶいの鳴き声を聞くと帰省したと思う。
なーらんちゅのおやつは黒砂糖がいい。それと熱いお茶。
なーらんちゅは、黄金酢が有名なのにびっくりする。
なーらんちゅは、いつも心は与論島と思っている。
なーらんちゅは、与論島のために何ができるか、いつも夢想している。
やることも半端になるのか、それは未決と思ってる。
なーらんちゅもきっと捨てたものではない。かもしれない。
と思ってる。
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コメント
5月13日 竹を植えるに最適の日だと中国でいわれているといゆう。
祖母と かったっているすがたが おもいだされます。 食台 をまえに わたしのうちは 十人かぞくでした。 おじが なーら にもたりなくて ざんねんなおもいで こどものときを そごしたが そのぶん すこしでもとおもう。
与論に住んでる わたしたいよりも
よろんをおもってくれる 島外のまことのきもちがありがたい。
投稿: 竹 酔日 | 2005/08/31 17:21
竹さん、三度も御運びいただいて有難うございました* その後わんちゃん達は元気でしょうか? 嵐の前の静けさに選挙スピーチの走る島・・・です
投稿: Aris | 2005/09/02 09:48