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2005/08/30

なーらんちゅの歌

ぱーぱー(祖母)が、
「うろー、なーらんちゅでーやー」(お前は、半端者だね)
と言ったから、ぼくは、なーらんちゅの歌を歌う。

たとえば、ご飯をお代わりするときに、
半分くらいで充分なときは、「なーら」と言う。

なーらんちゅ=半分の人。

ぼくが、言えるところだけ与論言葉を使って
しゃべっていたら、標準語とのまぜこぜに
ぱーぱーは苦笑して、なーらんちゅ、と命名してくれた。

卑下するのではない。
それは実に、自分の心境とぴったりだから。
ぼくはなーらんちゅ、なのだ。

それは、「『この味がいいね』と君が言ったから
七月六日はサラダ記念日 」と同じくらい、
そういうならそうに違いないと思えることだ。

だから、なーらんちゅの歌を歌おう。

なーらんちゅは、与論が大好きだけれど、与論に住めていない。
なーらんちゅは、与論言葉も大好きだけれど、半分しか喋れない。
なーらんちゅは、本格与論言葉が飛び交うなかにいると安心する。
なーらんちゅは、やどぅまーぶいの鳴き声を聞くと帰省したと思う。

なーらんちゅのおやつは黒砂糖がいい。それと熱いお茶。
なーらんちゅは、黄金酢が有名なのにびっくりする。
なーらんちゅは、いつも心は与論島と思っている。
なーらんちゅは、与論島のために何ができるか、いつも夢想している。

やることも半端になるのか、それは未決と思ってる。
なーらんちゅもきっと捨てたものではない。かもしれない。
と思ってる。

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2005/08/17

『アイランド』の与論島

勧められて森瑤子の『アイランド』を読んだ。
勧められてというのは、森瑤子の与論島をテーマにした作品で
何がいいかを尋ねて答えてもらったのだ

森瑤子が与論島を好きだったということは知っていた。
彼女が作家だということも、与論島に住み、かつ骨を埋めたことも。

でも彼女の作品を読む機会はなかった。
与論島を出自にしてそれはどうしてだったろう。

思うに、何か、特別に向けられた好意、愛情に無限に恐縮して
しまって手が出せない。そんな感じなのだった。

この度、重い腰を上げて古本で買い、『アイランド』を読んでみた。
恐縮していた気持ちにまっすぐ当るように、
与論島は正面から舞台として、テーマとして選択されているのに驚く。
与論島はかつてこんな風に盲目的な愛情の視線を受けて
描かれたことはなかったのではないだろうか。

たとえば、こんなくだりだ。

 そしてはかれは、『与論島の生活と伝承』という題の古い書物を
 取り上げ、まず最後のページを開いた。一九八四年の発行とあ
 る。次に最初の方に戻り目次に眼を通し始めた。そしてドキリと
 して一点に視線が釘づけになった。
 『天ヌ飛ビ衣ヌパナシ』
 という項があった。天を飛ぶ衣、すなわち羽衣伝説のことでは
 なかろうか。

山田実のその本は、ぼくも1984年頃に買って読んだ。
ぼくは、羽衣伝説に釘づけになることはない。
けれど、この本を特別なものとして見る視線は共有している気がする。
ぼくは出身者だから当然なのだけれど、ここにあるのは、
島を発見した人の視線なのだ。

それを特別なことと感じないわけにいかない。


作品は、この与論島に羽衣伝説を素材に近未来に時制をとって
ファンタジーを描いてみせたものだ。

作品の中身にはここでは触れないでおこう。
それ自体は気恥ずかしさ催すものもある。
そしてそのことをことさらに言挙げしたくはない。
むしろ、森の愛情の視線を追っていきたい。

すると気づくのは、この作品で何度も繰り返される
与論島の魅力の根拠になっていることだ。

それは、「与論島には川がないから海がきれい」というものだ。
「川がないから海がきれい」。
これは生活排水が海へ流れ込まないことを言っているのだけれど、
ここには確かに島外のことを知っているからこその
気づきが含まれている。

ぼくたちははっとして、なるほど与論島の魅力はそこにあるのか
と思い至るだろう。それは、現在の与論島の海の状況如何に
かかわらず、言えることだ。

そしてぼくにできるのは、森の想いを受け取って、
与論島の魅力を考えることだと思う。

ぼくはこう言いたくなった。

たしかに与論島には川がない。
しかし、無いのは川だけでなく山もないのだ。

与論島には、川も山もない。

でも、与論城跡地はあり、そこからは島の半分が見渡せる。
そう思うかもしれない。けれど、ピャーヌパンタ(ピャーの丘)
の上の与論城跡は、たかだか百メートル弱の高度に過ぎず、
「山」と呼びうる独立性を持つものではない。

それはせいぜい百メートルに満たない丘、なのだ。
与論島には、川も山もないのだ。

それを魅力というなら、それは何だろう。

川は此岸と彼岸を隔てる。同じように、山も平地と山間を隔てる。
そこには世界の違いがある。

川も山もないということ、それはぼくの考えでは、
境界がないということだ。

境界がないということ、境界が引かれていないことは、
与論島の自然だけでなく精神性として、オリジナリティの底流を
形づくっていると思っている。

森の口ぶりを真似れば、与論島には、川も山もないから、
溶けいるようにそこにいることができるのだ。

ぼくはもっと、そのことを与論島の魅力の基底に描いてみたい。
いずれ、いや近いうちに。

そしてその応答を、ぼくの森瑤子への返礼としたい。
『アイランド』は、そう思わせてくれた。

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2005/08/15

ユンヌ言葉とやどぅまーぶい

今年の夏、与論でぱーぱー(祖母)の百か日に立ち会えた。

ぱーぱー(祖母)のやー(家)で、両親、弟、ぱらじ(親戚)のみんなで
集まって、ぱーぱーを偲ぶことができた。

今回は、ホテルに滞在したのだけれど、
ぼくはぱーぱーのやー(家)に集ったとき、
やっと帰ってきた気がした。

帰った気分になる条件があるのかもしれない。

ガジュマルのある石垣の門。
やどぅまーぶい(ヤモリ)のチッチッチッという鳴き声。
あまん(ヤドカリ)のカソコソいう音。
そして、飛び交うゆんぬ言葉。

ぼくは中途半端にしかしゃべれないし、
日ごろしゃべる相手がいるわけでもない。

だから、ゆんぬ言葉は、ぜひともしゃべってもらう必要があるのだ。

あんまー(母)とうヴぁんか(叔母)のやりとりを聞いていると、
少年の自分にすっと戻れるからか、何ともいえない安心感がやってくる。
そして、ああ帰ってきたなと思えるのだ。

きっとこれも稀有な出来事なのに違いない。

ぱーぱー、とおとぅがなし。

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2005/08/05

4つめの与論島

昨日、幸いなことに与論島に来ることができた。
台風の影響が与論に及ぶ直前に到着がかなった。
次の便は沖永良部島まで来て鹿児島に引き返したというから、
ギリギリセーフだったのだ。

この写真は、まだ台風9号の雲の下にある与論島の海だ。

typhoon

最初の晩、植田さんたち島の人と夕食をともにすることができた。

島の人といっても、同級生とか出身者ではなく、
与論島に移り住んできた方々だ。

この島で仕事を見つけるのは難しいからというのも動機の一部にして
島外にいるぼくにとっても、植田さんみなさんが
与論のよいところを話してくれるのを聞いていると、
与論も捨てたものではないんだなという気がして嬉しくなってくる。

みなさんの話を聞いて、4つ目の与論島があるのではないかと思えた。

ぼくはいままで、与論島には3つの層があると考えてきた。

1つめは、地元の人が方言とともに培ってきた「ゆんぬ」の世界。
2つめは、行政区として登場する「与論」。
3つめは、観光地である南の島としての「ヨロン」。

今回、いまの与論島は、この3つに収まらないそこからはみ出すものを
生み出しているのではないかと思えた。

それは4つ目の与論島ともいうべきで、「よろん」と書いたらいいだろうか。

「ゆんぬ」は島で生まれ死ぬ人々の世界であり、
「与論」は、対琉球であれ、対薩摩、鹿児島であれ、どちらかといえば、
こわばってときに卑屈にすらなる行政区の顔だ。
そして、「ヨロン」は観光客の視線がつくってくれた軽い明るい世界だ。

「よろん」は、出身者ではないのに島に住んでいる、
という位相から生まれている。

それは与論島にあって、いままでなかなか無かった視線だ。
ここにあるには、「与論島が好き」という原理だと思う。

そしてそれはとても可能性を持っていると思えた。
ここになら、ぼくもコミットできるかもしれない。

そう思えたありがたい晩だった。

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けだるい時間

台風9号の影響で風が去った後も、与論島は雲で覆われて、
今朝は雨が降り出した。

子どもたちに命じられるままに海に繰り返し
連れていっている身の上には、
ほっとひと息の休憩時間だ。

でも、帰省とはいえ旅人のようなものだから、
晴天を願っているけれど、
島の生活には雨は欠かせず、
この雨も、農産物にとって恵みになるのだから、
祝福したい気持ちになってくる。

けだるい時間。

何をするわけでもなくものうく過ごす時間は、
ほんとうは、それこそが普遍的なものだ。

魚を釣っていても、砂糖きびを刈っていても、
道を歩いていもいつでもやってくるあの感じ。

だるくものうく溶けてしまいそうになる。

このたびの与論島は、曇りと雨の下で、
けだるさを味わわせてくれた。


けだるくなりたかったら与論島。
そういう惹句もあるだろう、と密かに思ってみたりする。

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2005/08/03

ちゅむちゃさぬ(愛しくて)

ぱーぱー。わなーうれーがうらじなりぼー、
ゆんぬかてぃいきちゃくなゆんげーらち、
いっちゃーますわーしちゃんちょーやー。

がしが、うどぅてぃみーぼー、
がんやあらじやーち、わかゆーたんちょーやー、うれー。

わなー、ゆんぬぬちゅむちゃさぬなーじだー。
ぱーぱー。どーかわーきねーむーゆるぴちゅんちゃー、
みーまぶーてぃたばーりよー。

ぱーぱー。またゆんぬかてぃいきゅーくとぅ、
まっちうぁーちたばーり。


ばあちゃん。ばあちゃんがいなくなったら、
与論に行きたいと思うかどうか、少し不安だった。

でも戻ってみると、
そうじゃないなぁって分かったんだよ。

ぼくは、与論が愛しくて仕方がないよ。
ばあちゃん。ぼくの家族や想う人たちをどうぞ見守ってください。

ばあちゃん。また与論に行くから、待っていてね。
hubama0426
(2005/04/26 ぱーぱーのいた春)

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