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2005/05/14

生き切るということは

ぱーぱー(祖母)の他界から二週間が経つ。

いまは、ぱーぱーはもういないという思いと、
遺骨として与論島にいるという思いとが交互にやってくる。

ただ、あれをしてほしかったこれをしてほしかった、
あれをしてあげたかったこれをしてあげたかった、
という悔しさはほとんどない。

思えば、これが最後の年祝いになるだろうと
ぱらじ(親戚)が与論島に大勢集まったのは、
一九七二年、ぱーぱーの数え七十三のときだった。

そのとき飼っていたうゎんか(豚)を一頭、
つぶしたのを覚えている。

ぼくは入口の石垣の門のところで、
首筋から血を流して横たわる黒豚を眺めた。
毛を剃りやすいようにと、お湯もかけられていた。
消えてゆく生命から目が離せなかった。

血を抜いた後、真ん中から割かれて出てきた内臓や肉はきれいだった。
母が、昔は膀胱の入口を結んでバレーボールをしたと話していた。
小学生のときのその場面は忘れられない映像だ。

それから祖母は、三十数年も生きた。
それ以降、九十代になってからだろうか、
足を骨折して鹿児島市の病院に入院し、
治ったと思ったら今度はもう片方の足を骨折し、
再び鹿児島市の病院に入院するようなこともあった。

その時、治療に使われた金属は、
火葬のあと、遺骨と一緒に残された。
ぱーぱーの晩年を助けたふたつの大きな金属だった。

治療の時、息子のいる鹿児島に住まないかという申し出を
かたくなに断り、九十代のぱーぱーはリハビリをして再び、
与論島に戻ることができた。

ぱーぱーは、与論島に一人で暮していたのだ。

晩年は、両親やをぅばんか(叔母)たちが代わる代わるに
様子を見に行ったり面倒を看に行ったりした。

そんな波乱とケアの時間もあったけれど、
ぱーぱーは、病床に伏せるわけでもなく、
亡くなる前の年でも、傍を置いてある杖を、
「取って」とひとこと言えば済むのにそうしないで、
自分の足で五分をかけて取りに行く気丈さを失っていなかった。

二十一世紀に入ってからは、耳も遠くなった。
ある夏、名前を告げれば分ってくれるけど、しばらく経つと、
ぼくのことを誰か分らなくなることがあったときはショックだった。
それでもその翌年の夏に会うと、
こんどははっきり分ってくれることもあった。

調子の周期が長くなっていたのだろうか。をぅばんか(叔母)は、
「ああやってこの世のことを少しずつ忘れていって
行きやすくしているんだね」と話していたけれど、
とても理に適った説明のように思えた。

ぱーぱーは惜しむことなく与え続けて、ぼくたちは甘えつくした。

ぼくがしてあげられたことは本当に何もないのだけれど、
ぱーぱーの他界から、ぼくが学んだ気がするのは、
生き切るということは自他に悔いを残さないことである、
ということだ。

猫背のぼくに、背筋を伸ばしなさいという声が、
どこからか聞こえてくる気がしている。

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コメント

家が近所なのでアンマーも葬儀へ参加した
そうです。パーパーのご冥福をお祈り致します。

投稿: 茶魔 | 2005/06/26 02:55

それはそれは。とーとぅがなし。

投稿: 喜山 | 2005/06/27 12:25

やっとわかりました。金久さんとしんせきなので  ぱーぱーのいえのまえで あそびました。ゆんぬおーとーをいただいたことがあります。  黄色のひがんばな  を  いただき  いまでは  いっぱいひろがっています。
浄化槽の検査の時  ぱーぱーには  あえませんでした。  おれいがいいたかったのに。100さい  ばんざい。  やくばで  あったかたでしょうか。  いつかまた。

投稿: 竹 真弓 | 2005/08/11 14:51

山本 陽子さんに 確かめてみました。
いとこですとのこたえ。 彼女は 大学のこうはいです。しばらくいっしょにしごとをしました。
 竹 盛窪   で 検索してみてください。
すこしかわった  趣味を もっています。
  これからも  与論島の  宣伝よろしく。
有坂  さんとは  面識があります。植田さんとも    たびんちゅ   なかなか  はなせるかたがたです。

投稿: 竹 盛窪 | 2005/08/11 17:12

陽子ちゃんは従妹です。大きくなりました。

竹さんのことは間接的では在りますが、存じ上げています。
共著を拝見いたしました。感想文を書いています。
http://manyu.cocolog-nifty.com/review_marketing/2005/04/post_a86b.html

与論がもっともっと明るくなればいいと願っています。

投稿: 喜山 | 2005/08/14 08:33

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