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2005/04/29

自己表現からコミュニケーションの可能性へ

weblogウェブログの心理学

山下 清美、川浦 康至、川上 善郎、三浦 麻子

NTT出版
2005/03
2,310円

いま、ブログ論の一番の陥穽は、
それが汎ブログ論になってしまうことだ。

インターネットの過去10年の経緯やインターネット以前に
あったものを度外視して、ブログの登場によって初めて可能になった、
という紋切り型になってしまうこと。

トレンドの勢いをかったビジネス上の戦術ならいざ知らず、
ブログに言及するなら、それ以前の道具や人の行動の延長で、
新しく付加したものについて、冷静に見ることが求められている。

「ウェブログの心理学」は、その陥穽を免れた作品だ。
それは、「はじめに」に書かれた用語の説明にも、
陥らない意志が伝わってくる。

 本書では、ワールド・ワイド・ウェブ上のサイトの総称を
 「ウェブサイト」と呼び、そのうち個人によって運営されている
 (レンタルも含め)サイトを 「ホームページ」と呼ぶ。
 そして、ホームページに通常日付けを伴って時系列的に
 蓄積される日記的コンテンツを「ウェブログ」(ブログともいう)
 という用語で総称することにする。

ここでは、「ウェブ日記、テキストサイト、ブログ・ツールで作成される
ウェブログなどをすべてウェブログのなかに含める。それらは、
形式や内容などの点でかなり異なっているものもあるが、
いずれもウェブ上に個人が蓄積していくログであるという点で
共通している」というように、インターネットの初期からあった
ウェブ日記も、最近のブログも「ウェブログ」と呼ぶという
態度を採っている。

この視点のおかげで、ブログをそれ以前とのつながりのなかで
考えることができる。ここから得られる眺望を見ていこう。

まず、インターネットのコミュニケーションを2つの型で整理している。

□ABC(Article-Based Communications)
 型:相互作用
 単位:メッセージ
 機能:意見や情報の交換

□WBC(Web-Based Communications)
 型:呈示
 単位:発信主体
 機能:発信ないし自己表現

ホームページによるコミュニケーションはWBCであり、
電子掲示板などのコミュニケーションは、ABCだ。

この説明はとてもよく分る。
ぼくは、インターネットのコミュニケーションをウェブコミと呼んで、
それがクチコミとマスコミの双方の機能を包含していると考えてきた。

(ABC-クチコミ的、WBC-マスコミ的)

ウェブコミの特徴は、クチコミとマスコミの双方の機能を
包含していること。それが、既存のコミュニケーションにない
新しい属性だ。

先の整理に戻れば、ブログはWBCでありながら、
ABCの要素を取り込んでいる、ということができるだろう。

また、ウェブ日記の動機として、自己開示を挙げている。
これは、ぼくたちもインターネット・マーケティングにおいて、
大事な要素と考えてきたものだ。

企業が消費者とのコミュニケーション・プロトコルを
成立させるには、企業担当者による自己開示が必要である、と。

自己開示の効用を、ここでは次のように整理している。

 1)感情の表出(カタルシス)
 2)自己の明確化
 3)社会的妥当性の確認
 4)二者関係の発展
 5)社会的コントロール

そして、ウェブ日記の効用は、1)2)3)の「自己に向かう効用」と、
4)5)の「関係に向かう効用」があると、考えている。

自己開示全体の効用は、自己効用と関係効用があり、
この両者が、ウェブ日記を書く動機を構成しているのだ。

「ウェブログの心理学」が根本的だと思えるのは、ブログを論じるのに
正当にも日記の考察から始めていることだ。

 日記の内容    作者の指向性
        自分自身    他者・関係
 ──────────────────
 事実    備忘録      日誌  
 心情    (狭義の)日記  公開日記

内容を「事実」と「心情」に、指向性を「自分自身」と「他者・関係」に
分けている。指向性というのは、書き手の意識が、自分自身に
向かっているか、読者あるいは読者の関係に向かっているか、
ということだ。

面白かったのは、この日記のタイプとパーソナリティの関係について、
日誌型と公開日記型といった関係指向タイプの日記を書く人は、
他に比べて「賞賛獲得欲求」が強く、「拒否回避欲求」は、
備忘録型で高く、日記型で低めになるという研究成果だ。

日誌型と公開日記型は、注目を浴びたい、
備忘録型は嫌われたくない、
逆に日記型は、嫌われても構わない、というウォンツが強い。
思い当たる節が多いところだ。

そしてさらに面白いのは、さまざまなタイプがあるにしても、
ウェブ日記を書き続ける意思を支えるのは、
読者からのポジティブ・フィードバックであるという指摘だ。

この点も、インターネット・マーケティングでも大事なエッセンスだ。
コミュニテはどうやったら活性化できるか。
煎じ詰めれば、ポイントは、発言に返信をつけること。
しかもポジティブな返信をつけること。それに尽きるのだ。

さて、こうした基本的な整理を踏まえて、「ウェブログの心理学」は、
日記からウェブ日記へ、ウェブ日記からウェブログへと辿ってゆく。

近代日記は、「書く」主体としての自己。この自己の確認行為。
ウェブ日記は、「読む」主体としての自己。
読まれることが前提とされるようになった。

そこで、「近代日記は、読まれることが明白で同期性の高いウェブ日記
に至って、自己表現を前面に押し出した日記へと変身しつつある」。
そして、ウェブ日記の本質に至る。

 日記そのものは自己表現であり、それを契機としたコミュニケーション
 の可能性にかける、これがウェブ日記の本質なのではないだろうか。

ここまでくれば、ウェブログとは、コミュニケーション志向が強化された
ウェブ日記だと考えることができる。

 自己開示はコミュニケーションの原点であり、
 日記はその自己開示の身近な手段である。

ぼくはこの一節に一番はっとした。
こう書かれると、プライベートの極みのように思えてきた日記は、
そもそもコミュニケーションへと投企される可能性を持っていたと
考えることもできる。それがウェブログに至って、さらに可能性を
広げてきたと言えるだろう。

すると、本来のコミュニケーションがインターネットによって
開通したと、そう言えるのかもしれない。

インターネットに歴史ができ、それは論じられる対象になった。
そんな実感とともに、いい読み応えを味わった。

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