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2005/04/27

なんくるないはへこたれない

Nankurunai

なんくるない

よしもとばなな

新潮社
2004/11/25
1,365円




ビジネス書を立て続けに読むと、心がしくしくしてくる。
読んだビジネス書のせいではなく、ビジネス書に対する
ぼくの受け皿が小さいのだ。

そういうタイミングで読んだ
よしもとばななの『なんくるない』は心に染みた。

「なんくるない」、なんとかなる、というタイトルを持つ物語の
大きな流れに身を任せるおおらかさのせいかもしれない。
沖縄をテーマにした小説だということもあると思う。

  私たちは毎日のように海に行った。飽きもせずに遠浅の珊瑚礁
 で色とりどりの魚たちの生活をのぞかせてもらった。中腰の姿勢
 でサンダルをはいたまま、海の中をどこまでも歩いていって水中
 めがねでのぞきこむと、魚たちは逃げることもなく食べ物を探し
 たり、群れ同士で出会って向きを変えたり、さっと岩陰に隠れた
 りした。その色の鮮やかさ・・・・黄色や青や赤が珊瑚の世界に
 まみれていた。(同書)

こんな導入のさりげない個所から、かさかさ乾いた心の身体が
潤っていくのを感じることができた。

『なんくるない』は、四つの掌編からなる作品集だ。
共通しているのは沖縄という舞台。
そして、おおらかな大きな力に助けられて
折った膝をふたたび伸ばして立ち上がろうとする、
そんな励ましを受け取る。

「あとがき」もいい。

  私はあくまで観光客なので、それ以外の視点で書くことはやめ
 た。これは、観光客が書いた本だ。
  沖縄は日本人にとって、あらゆる意味で大切にしなくてはいけ
 ない場所だ。
  沖縄を愛する全ての人・・・深くても軽くてもなんでも、あの
 土地に魅せられた人全てと、沖縄への感謝の気持ちを共有できた
 ら、それ以上の喜びはないと思う。(同書)

『なんくるない』によって、描かれる沖縄は更新される気がする。
よしもとは、「観光客が書いた本」としてこの作品を
提示するのだけれど、それは、現地の人が見る沖縄と
交わることのない無縁の世界なのではなく、
現地の人が見る沖縄と交点を持つ世界だ。

こうなるには沖縄が都市化する必要があった。
でも、それ以上に、沖縄の「なんくるない」の身体性は
都市化によってはへこたれない豊かさがある必要もあった。

ようやく、「沖縄」は、誰でも共有できる身体性に
なったのかもしれない。

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