カテゴリー「13.超・自然哲学」の60件の記事

2014/06/30

『人類が永遠に続くのではないとしたら』

 加藤典洋の『人類が永遠に続くのではないとしたら』は、3.11を起点にして、これ以上にない真摯さで歩んでいる。

 3.11の原発事故が明らかにしたのは、保険が利かないという限界を超過した問題だった。これまで消費社会論と地球の限界を論じた『成長の限界』や『沈黙の春』などは接点を持たなかったが、この事故は、北の豊かな側から有限性の近代を考える内在的な理由になる。有限性を根拠にしてどのように生きて行けばよいか。そこに浮上するのが、することも、しないこともできるという偶発的契機のあるコンティンジェントな自由である。

 新潮に「有限性の方へ」と題された連載の時から読んでいたので、待ち望んだ出版だった。本は個人的な契機しかふだん考えないが、これはなんというか、多くの人に読まれてほしいと思う。


 頷かされることの多い内容だから、ぼくの考えてきたことと違う点のみを挙げておく。

 全自然を、じぶんの<非有機的肉体><自然の人間化>となしうるという人間だけがもつようになった特性は、逆に、全人間を、自然の<有機的自然>たらしめるという反作用なしには不可能であり、この全自然と全人間の相互のからみあいを、マルクスは<自然>哲学のカテゴリーで、<疎外>または<自己疎外>とかんがえたのである。(吉本隆明『カール・マルクス』)

 ここで人間が自然の「有機的自然」になるとは、政治家になると声が大きく威圧的な風になっていき、教師がなにかといえば説教臭くなり、可哀そうに就職活動中の若者が、常に何事にも好奇心一杯ですといったポジティブ満載調になるような、反作用のことをイメージしていた。ネガティブな例ばかり挙げたが、同様に大工が武骨な手と昇りのうまいしなやかな身体を身につけたり、海人が肺活量を増進させ、海中生物のような身のこなしになるのも同じことだ。

 ところで、加藤はこう書いている。

 では人間が自然化するとはどういうことか。私の考えでは、その意味は二つであって、人間が自然との交渉において生物種としての人間を自分のなかに作りだすということが一つ、またそこでは、人間の意図、行動もまた、自然史的な過程の一コマとして、必要とあらば「力能」の作用へと換算可能な自然的事象とみなされうる存在となるということが、そのもうひとつである(p.229)。

 前者は、人間は自然との交流過程のなかでしか生きられないことを示すものだ。ところが、人間が「「力能」の作用へと換算可能な自然的事象」となるのは、それは自然との相互作用に入るための前提だと考えてきた。柱を昇り、釘を打てなければ大工になれないように、コードを知らなければプログラムは書けないように。「人間が自然化」するとはむしろ、「力能の作用」の反作用を受けることを示している、と。

 加藤はここから人間と自然の不断の交流過程のなかで、人間の入力が生む人間と自然の変化によるフィードバック作用を重視している。これを反省的に受け留めれば、ぼくの理解の仕方では、加工された自然の変化による反作用がうまく掬い取られないということになるだろうか。ぼくはそこで、人間が対象とする自然を四つの段階として捉えてきたが、それでは巨視的に過ぎるということかもしれない。

 ともあれ、加藤のこの本は、人間と自然の相互関係の大きな転換を、「無限性の近代」と「有限性の近代」として抽出している。その先に人類の終わりにまで視線を届かせようとするものだ。


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2009/04/17

「吉本隆明 2008.7.19 コンプリートセット」先行販売

 今日4月17日の午前11時から、「吉本隆明 芸術言語論 2008.7.19コンプリートセット」の先行販売が始まっています。1000部限定です。

 「吉本隆明 2008.7.19 コンプリートセット」

 「2008.7.19 コンプリートセット」とは

2009年1月にNHK教育 ETV特集で放送された「吉本隆明 語る」がDVDになりました。


 ※「言語の「幹」と「根」は沈黙である。」
  『芸術言語論-沈黙から芸術まで-』
  「中沢新一さんと糸井重里さんが吉本隆明さんのことを話す」
  「芸術言語論 その2」

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2009/01/04

言語の「幹」と「根」は沈黙である。

 「言語の『幹』と『根』は沈黙である。」

 というフレーズは、魂が落ち着く。

 「文芸批評というのがありうるとしたら、作品と作者の関係が強い糸で結ばれていることを明瞭に示すことだ。」

 ここからは、吉本さんに夢中になる契機が蘇ったのと、そのときに批評という分野が自分の宿命のようにあるのに気づいたこと、そしてそれはマーケティングも同じではないかと考えている現在の自分とを、改めて思いだした。

 当日、分からなかったことで今日分かったのは、糸井さんが最初、呪術的な意味でもあるのだろうかと思った、実は、娘さんのハワイ土産のTシャツのデザインでした(笑)。

 もひとつ。「編集後記」と称した糸井さんの訪問での話は面白かった。
 奄美の島唄。あれは島に封じ込められたからの凝縮度があるんだなと連想した。そして、奄美の沈黙。ぼくは失語と考えているけれど、その沈黙は価値だということ。 

 それから最後の猫。あれがよかった。

 ETV特集『吉本隆明 語る~沈黙から芸術まで~』の印象メモ。


 『芸術言語論-沈黙から芸術まで-』
 「中沢新一さんと糸井重里さんが吉本隆明さんのことを話す」
 「芸術言語論 その2」

◇◆◇

 で、今日の糸井さんのコメント。「今日のダーリン」

昨日、『今日のダーリン』で、
 「出来がいいとか悪いとか、
 おもしろいかどうかについては、わかりません。
 ただ、生命力だけは絶対にあると思うんです」と、
 開き直ったようなことを書きました。
 で、放送が終わって、その通りだったと思いました。
 「これ」を、「これ以上」におもしろくするとか、v  「これ以上」に誉められるようにするとか、
 「これ以上」に演出したり装飾したりすることは、
 いままでずっと
 テレビが得意としてきたことだと思うんです。
 でも、それを得意にしてきたテレビの歴史が、
 「以上」にすることばかり上手になって、
 「これ」を薄く薄くしてしまったのではないか。
 すばらしい形容詞がずらずらっと並んでいて、
 修飾するべき名詞が消えていた‥‥というふうに。

   しかし、昨夜の番組は、
 「以上」については考えることをやめていて、
 とにかく「これ」を映したのだと思うんです。
 「ひさびさに、これというものを見た思いです」
 という感想には、ほんとにそうだ、と思いました、

素のよさが出ていたということだと思う。
実際、そうだった。等身大、脚色無し、でした。



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2009/01/02

ETV特集『吉本隆明 語る~沈黙から芸術まで~』

 1月4日の夜、教育テレビで、『吉本隆明 語る~沈黙から芸術まで~』があります。
 このブログでも記事を書いたことがあるので、紹介しようと思い。

 『吉本隆明 語る~沈黙から芸術まで~』

 糸井重里さんの紹介文です。「番組制作発表」。
 「1月4日、吉本隆明さんのドキュメンタリー番組が放映されます。」

 ぼくも当日の雰囲気がまた味わえるのが楽しみです。


 □ NHK教育テレビの放送50周年企画、
 □ ETV特集『吉本隆明 語る~沈黙から芸術まで~』

 □ 1月4日(日)教育テレビ
 □ 22:00~23:29


 これは7月当日、終了後に撮った記念撮影。
 もともとの画像は大きいので、拡大すると自分を見つけることができました。

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2008/10/27

「芸術言語論 その2」

 今夜は前から楽しみにしていた、吉本隆明の「芸術言語論 その2」を聞きに、新宿紀伊国屋まで出かけてきた。7月の「芸術言語論」の続きだ。

 といっても今回は、会場に吉本さんも糸井さんもいない。お二人は、吉本宅。XVDという技術を使って、吉本宅から新宿の会場へリアルタイムに映像を送るという試みの中、行われた。

 今日開催する講演会 「芸術言語論 その2」は。

 吉本の語り口はたどたどしい。老齢になってますます盛ん?だ。この語りは日常生活の時間の流れと隔たりが大きい。で、ちょっと苛立ってくる。するときっとぼくは途中、内容の進度が遅いと決め込んであなどってしまう。心ここにあらずの間を挟みながら聞いてしまう。

 でもふと気づくと大波がやってきている。はっとするなんてものじゃない。度肝を抜かれるような感じになる。今日でいえば、日本語圏の起源の詩は、古事記にある問答歌と見なすことができるが、それは、五七五七七の短歌になり、さらに短くなった俳句でも、主観と客観あるいは受動と積極性の対位のなかに貫徹されていて、芭蕉も松岡子規も、優れた歌人はそのことを踏まえて作品を作っているというのだ。気づけば、千数百年の時間をものすごくシンプルな整理で横断している。遅々として進まないどころの話じゃない。千数百年を二時間で横断する高速度な話だったのだ。

 そして朔太郎を経て、吉岡実、吉増剛造、岡井隆などの現代詩に接続する。そして起源から辿ると、現代詩が何と格闘しているのかが見えてくる。そんな無類な興奮を味わうことになる。今回もまたそんな興奮を味わいたくて足を運んだようなものだ。


 三木露風をぼくは知らず、ミキロフと聞こえるのが、ロシアの詩人なのだろうかと途中まで思ってしまったのは苦笑だけれど。三木露風、夕焼け小焼けの赤とんぼ、の作詞者だった。


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2008/08/16

『五十度の講演』の「南島論」

 糸井重里が発行した吉本隆明の『五十度の講演』を聞き始めている。

Photo


















 なにしろぼくはここに収められている「南島論」をまず聞きたかった。吉本隆明の南島論を知って、わが故郷が語るに値することを教えてもらったようなものだから、吉本の南島論の展開はいつも楽しみにしてきた。

 1970年に行われた「南島論」自身は、『敗北の構造』に講演録として収められているので読んでいる。けれど吉本の講演は、本人も言うとおり、繰り返しが多くお世辞にもうまいとは言えない。ぼくはだからなおさら、その繰り返しの多い肉声で「南島論」が聞いてみたかった。いまだにわかりにくいと思っていることもあるからだ。5時間近くある講演でまだ聞き終えてないが、早速気づくことがあった。

・「非常に暑い盛りで、なおさら熱い話になりそうなんですけど」というのが語りのはじめ。もちろんこれは、講演集には収録されていない。

・昇曙夢を「のぼりあけむ」と読んでいる。

・吉本は、「南島」という言葉あるいは定義を昇曙夢の『大奄美史』から採ったと話している。よく、「南島」という言葉は中央からの視線なので抵抗があるという意見を聞くことがある。ぼくは、言葉の響きが好きで抵抗は全くないので、使い続けているが、案外、昇曙夢の『大奄美史』に目を通し、そこの定義にしたがっているという吉本の姿勢に共感してきたのかもしれない。

・南島を描いた地図を指してだと思う。「こちらはまだ日本ではないそうで。こちらの人から見ると、こっからこっちはバラ色に見えるわけで」と、沖縄を紹介している。そこで会場にも笑いが起こっている。復帰という課題を抱えていない場所で呑気なことを言っていると聞こえるかもしれない。あるいは会場の笑いのなかにはそういう要素もあるかもしれない。けれどぼくは、南島あるいは沖縄を対等にみている、なめていない姿勢を見るように思った。沖縄の復帰について、「行くも地獄、帰るも地獄」と言い切った人の弁の延長で、ぼくはそう感じる。

・パプア・ニューギニアには石器時代さながらに暮らしている人がいるという話をうかうかと真に受けて聞いてしまうことがあるが、自分はそんな人を檻に入れて観察するような視点を、「人間的にも、思想的にも、また理論的にも」採ることはできないというところで、ぼくは人類館事件を思い出した。吉本も念頭にあったかもしれない。吉本は、そのパプア・ニューギニアだって、現在の文明が殺到すれば数十年を待たずに世界史的現在に到達するだろうことは全く疑いえない、と言い切っている。ここで、吉本は明治の日本もそれに近い経験だったというが、同じことは奄美にも言える。

・「指向変容」という造語を「インテンシブ・モディフィケーション」と言い換えるところがある。講演録では、ここは、「<インテンシブ・モディフィケーション>とでもいっておきます。」とやや衒った風なのだが、実際聞いてみると、「インテンシブ・モディフィケーション」と消え入るような声で言って後は聞こえない。吉本らしいと思った。

 まだこんなところだ。「南島論」の感想は聞き終えたら、また書きたい。




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2008/08/07

グーグル・アースは世界視線のみに

 人は生きていれば二度と行かない場所や会わない人ができる。いままでそれは、その場所に行かないことで守ることができた。ところが、グーグル・アースを使うと、その場所にいながらにして行けてしまう。以前なら、行くには労力も時間もかかるからわざわざ行かないという面もあったのに、自分は動かずともまるでコックリさんみたいに、指先だけで行けてしまう。これは、いままでには考える必要もなかった倫理の課題なんじゃないか。グーグル・アースが登場したとき、そんなことを思った。

 でも、行けるといってもそれは、上空の遠点から地上に垂直に降りる世界視線にとどまる。そして世界視線を持ったことのほうが意味は大きかった。グーグル・アースの世界視線は疑似的な画像だが、これをもしリアル・タイムにぼくたちが持つことができて、北朝鮮の核施設の動きやチベットの市街地の様子などを観察することができるなら、それは弾圧や戦争の抑止力になるだろうからである。グーグル・アースの登場は、そんなビジョンを描かせてくれるインパクトがあった。

 ところが今回のストリート・ビューの機能は、世界視線だけでなく、ぼくたちの日常的な視線として地面に平行に飛び交う普遍視線を取り込んでしまった。だがこれは余計ではないだろうか。本来、普遍視線は、世界視線からは遮断され世界視線の彼岸のなかで生きる視線だ。またそれだから普遍視線が生きられる。ストリート・ビューの機能は、個人の意思にかかわりなく、プライバシーが公開されるという側面を持ってしまっている。グーグル・アースが世界視線のみにとどまるのであれば、それを使ってどこかへ行く行かないは個人の倫理にとどまったけれど、普遍視線まで内包してしまっては、内面の倫理を飛び越してモラル的な課題を呼んでしまう。

 これはグーグル・アースの逸脱ではないだろうか。グーグル・アースは世界視線にとどまるべきではないだろうか。

 ※「世界視線」「普遍視線」は、吉本隆明の定義によるもの。


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2008/08/02

中沢新一さんと糸井重里さんが吉本隆明さんのことを話す

 吉本さんの『芸術言語論-沈黙から芸術まで-』の続きのように思って、糸井重里さんと中沢新一さんの対談を聞きに行ってきた。なにしろ、テーマは「吉本隆明と東京」だったから。

 「吉本隆明と東京」

 「夏の文学教室」という冠のおかげか、前のコマが、詩人、吉増剛造さんの「水の都市-龍之介と鏡花 新作シネマ」というテーマだったせいか、『芸術言語論-沈黙から芸術まで-』のときに比べて会場は、おじいちゃんおばあちゃんも多く、吉本さんの本来の読者は今日のほうが多いような気がした。

 吉増さんの話も興味深かったものの、疲れの出る週末で昼にランチビールを飲んだせいもあって、いやいちばんは吉増さんのおしゃべりが流暢で抑揚も心地よかったおかげ?で、仮眠になってしまった。奄美にも関心を持ってくれる吉増さんなのに、ごめんなさい、である。

 中沢新一さんも『芸術言語論-沈黙から芸術まで-』は、あの場で聞いていたようで、その時の吉本さんの印象を交えた話から始まった。吉本さんは、冒頭、1945年の8月15日以降、自分は死ぬための準備はしてきたけれど、世界を認識する方法は全く分かっていなかった。そのことがつかめなければ生きている意味がないじゃないか、とそれくらい思って考えてきたことが今日、話したいことだと切り出したのだけれど、そのことを受けて、糸井さんは、自分が学生の頃や以前に、こんな風に吉本さんの背景を紹介する人がいてくれたら、もっとはやく吉本さんの本を読めていたのにと投げかけた。それに中沢さんは、自分も学生のときから読んでいたけれど、いまのようには読めていなかった。それだけノイズが多かったんだと思う。80年代になってようやくノイズが取り払われて、吉本さんの思想自体が見えるようになってきたと応えた。

 お二人より年代がひとまわり後で、学生のときから夢中で読んできたので、ぼくにはこのノイズの払われ方をゆっくり観察してきた気がするのだけれど、そこには二つの契機があったと思う。80年代のそれは何といっても、作家よしもとばななのデビューだった。ぼくはそれまで、中沢さんの言うノイズのなかでしか受け止めてもらえないだろうと思い、吉本隆明を読んでいると人に言うことがなかったのだが、ばななが広く受け入れられたので、そのあとは、「ばななのお父さん」と紹介できるようになったのだ。実際、そんな風に世の中でも言われているのをみると、吉本さんがこれで孤独から解放されるならよかったですね、と思ってきた。

 で、次は、でも何といっても、先日の『芸術言語論-沈黙から芸術まで-』を見てもわかるように、糸井さんのおかげだと思う。糸井重里が、敬愛するように紹介してきたこと。それが、吉本さんのノイズを取り払ってきた。ばなな効果が受動的なものだったとしたら、糸井効果はそれを念頭に置いているだけ、積極的なものだ。ぼくにしても、ばななのお父さんと言わなくても、吉本さんと人に言えるようになっているくらいだ。

 二人の対談はゆるい感じ進み、またそれが心地よく、時間オーバーになっても、会場のみなさんの了解を得て、時間延長で話を続けてくれて楽しかった。糸井さんは、口紅を塗る女の子がいるとして、「口紅とはけしからない」と、今、ますますそう言いそうな風潮になっているけれど、そういうとき、「口紅、いいね」と言ってくれる長老がいるかいないかは大きな違いがある、として吉本さんのことを紹介する。

 中沢さんは、東京は不思議なところで、京都では1200年を超えて考えることはできない、パリもヨーロッパの歴史を超えて考えることができる場所ではない。ところが東京は、縄文に遡って考えることができる数少ない不思議な都市だと言っていたが、ぼくは自分の感じ方と共通するようでうれしかった。ぼくは与論と東京はつながっていると思っているし、ときどきそう書いたりもするのだが、うまく伝わった気がすることがない。そこに補助線を引いてくれる気がしたのだ。

 ゆるい話のおかげで話題は多岐にわたり楽しかった。ぼくが特に印象に残ったのは、中沢さんの手振りや口調がときおり、吉本さんに似ることだった。好きなんですね、きっと。




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2008/07/19

『芸術言語論-沈黙から芸術まで-』

 吉本隆明さんの講演、『芸術言語論-沈黙から芸術まで-』を聞いてきた。

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 吉本さんの講演を聞くのは久しぶりだった。学生の時分は地の利を生かして吉本さんの講演を「ぴあ」や何かで見つけては聞きにいった。『ハイ・イメージ論』の頃である。中央区の区民会館のようなところ、池袋のリブロブックセンター。学生なのに無理して名古屋まで追っかけをしたこともある。品川の寺田倉庫で、中上健次や三上治と共同主催した「いま、吉本隆明25時」は圧巻だった。これがあるから東京にいると思い込んでいた。おかげでぼくの物まねレパートリーのなかには吉本さんの講演真似も入っているくらいだ。

 吉本さんの講演を聞かなくなったのは関心が薄れたからではない。あの水難事故以来だろうか、吉本さんが講演しなくなっていったからだ。以来、年齢を思えば仕方ないと諦めてきたので、今回、ほぼ日刊イトイ新聞主催で講演があると聞き、とても嬉しかった。おまけに、吉本さん自身も柳田國男の「海上の道」の講演をイメージしてやるということなので、その力の入れようも楽しみだった。

 会場では、加藤典洋さんにもお会いできた。「加藤さん?」、声をかけずにはいられなかった。加藤さんはきょとんとされている。それはそうである。ぼくは加藤さんの本を大好きでよく読んでいる読者の一人というに過ぎないのだから。でも、「ご本、好きで読ませていただいています。」と伝えられたのはよかった。それだけでも行った甲斐があるというもの。

 吉本さんのおしゃべりは、ああ吉本さんだなと思わせてくれる醍醐味充分だった。今日の最大の肝は、アダム・スミスが彼の経済論で、りんごの価値は、木に登ってりんご採ってくるまでの労働のことであると分かりやすく規定したと吉本さんは評価していたけれど、それと同じように、芸術言語論の基礎の自己表出と指示表出を、樹木にたとえて、幹と根が自己表出であり、枝、葉、花、実が指示表出であると表現したことにあると思う。

 いま、コミュニケーション論が盛んだけれど、吉本さんの「芸術言語論」は、言ってみれば反コミュニケーション論で、「沈黙」に価値を置いている。というか、自己表出である言語の幹や根にあるのは、「沈黙」なのだと位置づけている。吉本さんは「沈黙でさえ表現であり、価値である」と確か、そう言っていた。ここまで言ってくれるから、ああ吉本さんだと思う。ここまで言ってくれるから、長きにわたり失語という沈黙を続けている奄美のことも疎外されずに含まれていると、自分のことに引き寄せても聞くことができる。吉本さんの文芸批評は「境界を持たない」のだ。

 「自由、平等、無価値」と言ったのも印象的だった。「芸術言語論」のことを、「自由、平等」と切り出したので、何が続くのかと思いきや、「無価値」ときた。芸術の価値を云々する「芸術言語論」を「無価値」と言うのは、それは吉本さんの自己抑制で、「芸術言語論」といっても何かを強制するものではないし、その世界に入るも入らないも任意であることを指しているのだと思う。作者の真意が分かる分からないが偶然の出会いに左右されるように、「芸術言語論」にしてもそれは同じなのだと。この言い方は親鸞の口吻を思い出させるものだ。

 思い出させるといえば、終盤に何かを思い出そうとして頬杖をついたときは、少し前にスクリーンに映し出された太宰治の表情そっくりでどきっとした。糸井さんの強制終了?間際には、天を仰ぐような手振りで話すのだったが、その姿はさながらシャーマンだった。でも、何といっても、冒頭、舌を出して照れ笑いをしている表情がよかった。

 時間はオーバーし、当初、休憩を挟み、糸井重里さんが質問して答えてもらうトークセッションも想定されていたみたいだったが、その時間がなくなるくらい吉本さんはしゃべり続けた。糸井さんのおしゃべりも書くものも好きだが、吉本さんの話が聞きたいぼくとしては、吉本さんのおしゃべりに終始するのでよかったし、もっと聞きたいくらいだった。最後の「二列音」のことは、まだどこにも書いたりしゃべったりしてないものだと思うから、なおさらだった。

 糸井さんも驚いていたけれど、会場に詰め掛けた、あれは二千人くらいだろうか、人たちは三十代がメインで吉本さんの読者という感じではなかった。ぼくや加藤さんのような存在は部分で、全体的には、糸井さんのファンが吉本さんの話を聞きにきたような、そんな雰囲気だった。

 吉本さんの話が尽きないように、吉本さん自身も、完成を禁じられて無限成長をするしかないのが宿命のように見える。八十三才の言葉は、学生時代に聞きほれていたときと変わらず刺激的だった。


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2008/03/03

雨乞いとインターネット

 夜景(「銀河と夜景」)と都市(「亜熱帯と都市」)に続いて、ぼくが東京と与論が似ていると感じるのは、もう東京じゃなくてもいい、すでに与論でも体感できることで、それは都心的とでも言ったらいいと思う。

 それらのものたちは、あの、「あみたぼーり、たぼーり」という雨乞いと、どこかが似ている。

 雨乞いは、念じること祈ることで世界を動かすという人と自然の関係を現しています。たとえ今それは、伝統舞踊そのものになっていて、信ずべき言葉になっていないにしても、かつてそれは間違いなく信じられていた言葉でした。

 念じることで世界を動かす。ぼくがここで取り上げたいのは、そんな人と世界の関係のことです。

 たとえば、駅帯電話は、電話機やパソコンのある場所で電話やeメールはできるという、空間のくびきを解きました。結果、ぼくたちは思いついたときに、電話をかけたりeメールをしたりするようになっています。これは念じれば動くという関係とは違いますが、それでも、いつでもどこでもできるという感覚は、つながりたいときにつながれるという実感を通じて、念じることで動くという関係を連想させます。

 去年の2007年、一挙にヒット商品化した電子マネーは、都市空間を自在に行き来できるという実感を通じて、念じることで世界が動くという関係を連想させます。切符を買い、改札を通るというのは移動の律速段階でしたが、それが、改札でまるで念じるようにカードを押し付けるだけで素通りできるというのは、都市空間が遮るもののない自在な空間になるという感覚を育てています。

 念じれば世界は動くという実感をいまもっとも与えてくれるのは、他でもなくインターネットです。どこでもドアのようにクリックすれば別の世界へ行き、キーの操作だけで、ブログを書いたり、プログラムを書いたりすると、それがネットに反映されて世界は動きます。それは、アイデア次第で世界は動くという感覚を育てているように思えます。

 グーグルアースは、シミュレーションとして、念ずれば地球は動くという実感を届けてくれます。また、テレビゲームも指先の動きが身体化すれば、ほとんど、念じることが世界を動かすことにつながっています。

 こうした、携帯電話、電子マネー、インターネット、テレビゲームのような都心的なものが進展すればするほど、アミタボーリ(雨乞い)の世界に似てくるような気がします。




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