2007年8月 1日 (水)

言葉が空を飛ぶような歌い方で

作詞家の阿久悠が亡くなったとニュースが伝えている。

縁ある歌手たちのうち、
都はるみがこう言っていた。

 言葉が空を飛ぶような歌い方で

他は忘れてしまった。

でも、「言葉が空を飛ぶような歌い方で」。
心に残る。

都はるみの歌は、
この人が引退していた時期に、
ひょんな機会で偶然、聴くことができた。

「好きになった人」を目の前で聴いて、
声量の迫力にどぎもを抜いた。
本物の歌手ってすごいなぁと思った。

そのとき、彼女の歌声は、
歌い手さんにとっては狭い会場を満たし、
その場にいた百人以上の心を満たしたと思う。

 言葉が空を飛ぶように。

いい言葉だ。



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2006年11月 4日 (土)

ベスト・テンのABBA

YouTube で、昔、TVで観たABBAの映像にめぐりあって、
びっくりしました。

曲はダンシング・クイーン(Dancing Queen)。
番組は「ザ・ベスト・テン」。
で、黒柳さんが、「どっちが『ア』でどっちが『バ』」か
なんて恥ずかしい質問をしたのも再現されていて、
それはもうびっくりです。

当時は中学生。
まだカラーTVもありがたいと思ってんじゃないでしょうか。
貴種流離譚ではないけれど、
ABBAが日本にやってきてTV番組に出るのは、
特別な出来事でした。

食い入るように観たのを覚えています。

それが、また改めてそのままを観れるなんてびっくりです。
投稿した方に感謝。


過去の再現という体験は、
反芻のように生を味わいなおします。
再現された音楽というだけでなく、
そのときの心境や不如意と感じていたことも一緒に
思い出させるものです。

それは記憶に封じこめるしかなかったときに比べて、
どんな違いがあるでしょう。
味わい直すということだけなら、
記憶の反芻でも済むところがあります。

現在の自分が昔の映像を観るので、
当時は気づかなかったことに思い至ることはあります。
今回のABBAの例で言えば、
字幕で出している歌詞のいい加減さというか、
おおらかさというか。

それは当時よりよく分かります。

違いは、今の自分による過去の受け止めなおしが
記憶のときより、リアルにできるということでしょうか。
そこには少なからず、幻滅の要素が含まれることもありますね。


ぼくたちはいずれ、
自分の生涯の記録をデジタル・パッケージにして
保存するようになるのでしょう。

不思議なことですね。

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2006年7月25日 (火)

名乗りはレノン-マッカートニー

レノン-マッカートニーというクレジットが、
ビートルズをビートルズたらしめました。

ジョージやリンゴの作が
ハリスン(Harrison)やスターキー(Starkey)
と表記されたように、
レノン(Lennon)やマッカートニー(McCartney)
と個別に表記されていたら、
ビートルズは無かったはずです。

少なくとも、ぼくたちが夢中になる、あのビートルズは。

二人が、レノン-マッカートニーと名乗ろうと決めたのは、
もちろんお互いのことが大好きで、
互いの力を認め尊重したからだったでしょう。

でも、それだけではなく、
二人は、一緒に作詞作曲をやると、
個々で作ったとき以上の何かが生まれるのを
最初から感じていたに違いありません。

二人は、デビュー時から、
レノン-マッカートニーと名乗っていたのだから。
(レノンとマッカートニーのどちらを先にするかはともかく)

この<名乗り>に託して、
二人は、個々だけでは生み得ない何かを作り出すのに
夢中になります。

その可能性が魅力的だったので、
自分が大半は作ったのに二人の名前で発表されるのか、とか、
自分はあまり作ってないのに自分の名前も入れてもらえるのか、
とかいう、つまらないありふれた感情にまどわされることなく、
安心して創作に打ち込めたのです。

レノン-マッカートニーの創作過程は、
激しい競争であったことは今ではよく知られていますが、
もし、レノン-マッカートニーという名乗りを採用せず、
レノン、マッカートニーと別々にしていたなら、
競争はさらにエゴ剥き出しになり、
いい作品を作ることに充分な力を注げなかったでしょう。

二人は、レノン-マッカートニーと名乗りをあげることで、
個人を離れたレノン-マッカートニーという作者を得ました。
そこで、いい作品を作ることに夢中になれて、
それだけではなく、相手に対する思いを歌に託することも
しやすくなったのです。

レノン-マッカートニーは、
レノンともマッカートニーとも違う、
二人揃うことなしには完成しない、
個々とは独立した作者なのです。

17才のジョンと15才のポールの、
この選択は賢明でした。

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2006年5月23日 (火)

終わらない相聞歌

『ビートルズ 二重の主旋律』を出してから8ヶ月が経ちます。

「毀誉褒貶、激しいですね」と教えてくれる人がいて、
見ると、確かにアマゾンのレビューは、上へ下へ、です。

いただいたお便りの中では、
「愛ある深読み」と評してくれた方もいて、
それはとてもありがたい読み方をしてくれたなと感謝しました。

ビートルズ好きの端くれとしては、
こんなビートルズ論があったら読みたいなと
思っていたことを書きました。

それが他人にも伝わるときがあるというのは、
とても嬉しいことです。

もちろん伝わらないことの方が多いわけですから、
それは書き手の力量の課題として受け取っています。

というより、実は、ジョンとポールの相聞歌は、
ビートルズ時代より解散後の方が味わい深いので、
それを読んでいただきたいのが次の目標になっています。
なにしろ、ビートルズ時代の倍の量はあります。

ブログで読むこともできますが、
もっと読みやすい形でお披露目できればと思っています。

♪ ♪ ♪

最近では、ポールがヘザーと離婚したというメッセージ
届きました。

ポールのパートナー探しの物語の一幕。
いまだ終わらない相聞歌の渦中に、ぼくたちはいるのです。

これからもその物語に耳を澄ませて、味わっていきたいですね。

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2006年1月10日 (火)

ジョン・レノンはイマジンで歴史になる!?

史上最高の曲というテーマで投票した結果、
ジョン・レノンの「イマジン」が1位に選ばれたそうです。
イギリスはヴァージン・ラジオ主催の企画でのこと。

世相もあるでしょうけれど、ジョン・レノンはこの曲で
歴史になるんだと思う結果です。

気になったのはビートルズですが、
100位までのランキングの中にあるわあるわ。
数えてみたら12曲あります。

1 Imagine
2 Hey Jude
3 Let It Be
12 Yesterday
26 Strawberry Fields Forever
37 Penny Lane
43 She Loves You
56 Help
64 A Hard Day's Night
71 A Day In The Life
76 All You Need Is Love
91 Ticket To Ride
98 Eleanor Rigby

面白いなと思うこといくつか。

1.2、3位は、ビートルズの、ポールの曲。
2.ジョンに対してポールのソロの曲は入っていない。
3.ビートルズのジョンの曲で最高位に入っているのは、
  「Strawberry Fields Forever」
4.完全なレノン-マッカートニー共作曲のナンバーは、
  「She Loves You」

5.ビートルズのジョンの曲で100位にランクインしている
  「Strawberry Fields Forever」と「A Day In The Life」は、
  どちらも彼の幻想的なバラード。
6.ビートルズのジョンの曲で他に100位にランクインしている
  のは初期のノリのいいロック。
7.「Imagine」の姉妹曲のようなジョンの「All You Need Is Love」
  もランクインしている。

と、いろいろ考えてみたくなりますが、
でもやっぱり名だたるビートルズの名曲を押さえて
ジョンの「イマジン」が1位に来るのは、すごいことですね。

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2005年12月 3日 (土)

「大人のロック」レノン vs マッカートニー

雑誌「大人のロック」が、
「レノン vs マッカートニー」の特集をやっていて、
ほとんどそれ読みたさに買ってきた。

冒頭は、今年2005年アルバムリリース後に早速コンサートを
しているポール・マッカートニーのセットリスト。

ポールのコンサートは、
ビートルズから解散以降にわたる潤沢なラインナップから
どの曲を選ぶかで雄弁に今の状態を物語ってくれるのだけれど、
今回もその例外ではないようだ。

その白眉は、アンコールでの「Please Please Me」だ。

ポールはビートルズの曲を歌うとき、
自分が主につくった曲を歌うのが通例だ。
それは歌いやすいからでもあれば、
ジョンに対するエチケットでもあるだろう。

だからこそ、1990年のリバプールのコンサートで、
「Help!」「Strawberry Fields Forever」「Give Peace A Chance」
を歌ったとき、それはジョンへのトリビュートたりえたし、
ワールド・ツアーでジョンとの共作になる「We Can Work It Out」
を歌ったときも、特別の意味を持ったのだった。

それが、今度はトリビュートというのでもなく共作と呼ぶには、
ジョン単独の様相が強い「Please Please Me」を選んでいるのだ。
これがアルバム『CHAOS AND CREATION IN THE BACKYARD』
とともに2005年にポールがレノン-マッカートニーの物語を
更新した内実に当るものだろうことは想像に難くない。

解散後、ジョンへのあてつけでつくった「Too Many People」が
入っていることもそう。

ここに、ある吹っ切れた感じ、ジョンがこれまでより
もっと身近になっている印象を受ける。

けれどこのことはいまはまだ踏み込まないでおこう。
来日したり、コンサートのCDやDVDの作品がリリースされたとき、
その意味は明らかに伝わってくるだろうから。

           ♪  ♪  ♪

ただ、雑誌の特集に添っていえば、
ポールの進み行きに注視するのは、
そこにレノン-マッカートニーの物語を見ることができるからだ。

それは1970年に終わったわけではなかった。
さらに1980年で終わったわけでもなかった。

ビートルズの解散後もジョンの他界後もそれは続いてきた。
特に、1980年のジョンの他界後は、
ポール単独で物語を担わざるをえなかったし、
現に彼はそうしてきている。

ジョンのいない今、ポールによってしか担われないから、
ぼくたちはポールの音楽に更新される
レノン-マッカートニー物語を聞き続けてきたのだ。

そしてポールは見事にその難題に答え続けてきた。
ときに、自分だけでは担えないからみんなもと、
お願いすることもあったと思う。

それが現在どうるあのか。

それが問われるべき「レノン vs マッカートニー」の現在形だ。

           ♪  ♪  ♪

ところで、雑誌の特集はそこまで踏み込むものではなかった。
でもがっかりということはない。
知っている話題でも理解している事柄でも、
そこに書き手の何か新しい触れ方がみつかればそれだけで楽しい。

なにしろ、相手は、あのレノン-マッカートニーなのだから。

 「ビートルズだけではなくロックシーンをも変革した
 レノンVSマッカートニー」広田寛治

 「ジョン&ポールはミラクルだった」松村雄策

 「おたがいをノックダウンしていた好対照のソングライター」
 杉真理

 「ビートルズのヒット曲&名曲に見るレノンVSマッカートニー」
 鳥居一希

 「バンドを成功に導いた対抗意識と嫉妬心」廣田龍人

 「心の内と人の結びつきを物語る歌声」小室和幸

 「ジョンが空想に遊んだストロベリー・フィールズと
 ポールの夢をふくらませたペニー・レイン」越膳こずえ

タイトルだけで楽しそうに見えるエッセーを辿ってみるといい。
言葉で辿ることもビートルズの愉楽なのだ。
それはいつも無類の味わいをもたらしてくれる。

エッセーに添えられた福岡耕造の写真は、
ビジュアルでそれを味わわせてくれる。

           ♪  ♪  ♪

さて、ぼくもビートルズに触発された何かを表現したくて、
『ビートルズ 二重の主旋律-ジョンとポールの相聞歌-』を書いた。

「相聞歌」というのは、いにしえの恋歌だ。

ぼくも参照しながらしか辿れないけれど、
良寛と貞心尼のやりとりもそうだ。

 「君にかく あい見ることの うれしさも 
 まださめやらぬ  夢かとぞおもふ」

貞心尼がこう詠めば、

 「ゆめの世に かつもどろみて 夢をまた 
 かたるも夢よ それがまにまに」

と良寛が答える。

この相聞歌の応答は、
レノン-マッカートニー・ナンバーにもよく現われている。
ぼくにはそんな風に聞こえてしまい、
相聞歌に見立ててビートルズ・ナンバーを解体してみた。

そして、『ビートルズ 二重の主旋律』では、
レノン-マッカートニーというパートナーシップは現実には
そう望めるものではないからと、
自分のなかにレノン-マッカートニーを内包することを
可能性として置いた。

でも、いつだってレノン-マッカートニーのような
パートナーシップへの希望は持っていていい。

だって1957年の7月まで、
ジョンもポールもお互いが出会うことは知らなかったのだから。
そう、それはいつでも突然やってくるから。

その可能性を携えて歩むことも、
レノン-マッカートニーが伝えてくれるもののひとつだ。

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2005年9月17日 (土)

『裏庭の混沌と創造』の響き

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ビートルズ相聞歌 No.121
───────────────────────────────────
□ Album :CHAOS AND CREATION IN THE BACKYARD
□ Lennon :
□ McCartney:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
□ Release :2005/09/07
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
            ジョンの内面化            ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
ポール・マッカートニーが2001年、アルバム『DRIVING RAIN』
リリースしたとき、ぼくたちはそれがワールド・ツアーを前提として
いるという表向きの華やかさとは裏腹に、くすんだ色調であるのに気
づきました。

「もう独りぼっちで歩いていきたくないよ」という彼の声に、ジョン
だけでなく、最愛のリンダ・マッカートニー、ビートルズをともに歩
いたジョージ・ハリスンを見送った彼の哀しみが影を落としているの
を理解しました。無理もない、と。

彼は当時、「どしゃぶりの雨」(driving rain)の中にいたのでした。

だから、2002年の彼のワールド・ツアーが、ビートルズを引き受
けることをテーマにしていても、派手さが目立つのではなく、メロウ
な味わいのほうが印象的だったのもよく頷けるのでした。

彼は、寂しさを克服してステージに立ち、ビートルズを引き受ける振
る舞いを見せたのではなく、寂しさをそこに集った聴衆と分かち合い、
そしてビートルズを引き受けるというテーマも、一緒に担ってほしい
と言っているように見えました。

ぼくたちは、ポール・マッカートニーという天才も「枯れる」という
段階へ入ったことを認めつつも、「枯れてもポール・マッカートニー」
としてアルバム『DRIVING RAIN』の、次のレノン-マッカートニーの
物語を楽しみにしてきたはずです。

それから、3年、ポールは次の声を聞かせてくれてました。それが、
2005年リリースのアルバム『CHAOS AND CREATION IN THE BACK-
YARD』です。

Chaos And Creation In The Back Yard (CCCD)

           ♪  ♪  ♪

chaoscreation

「裏庭の混沌と創造」。そう意味を受け取れるタイトルのアルバムから聞こえてくるのはどんな調べでしょう。

それはまず、メランコリックな響きとしてやっています。メランコリックをぼくたちの日常に引き寄せれば、憂鬱と言うのですが、ここでメランコリックを、「ゆううつ」とは書いてしまいたくないと感じます。書きたくはないけれど、沈んだ重たさが曲たちには否
応なくにじみ出ています。ここに、かつての明るく軽いポールはいな
いかのようです。

もう少し正確に言ってみます。音楽機械としてのマッカートニーの快
美なバラードと軽快なロックは、その基本を失っていないけれど、そ
こに沈んだ重さが加わるようになっている、と。ゆううつと言うには
重くて、メランコリックとカタカナで気分のように言うのが妥当だ、
と。

たとえば、「Vanilla Sky」の後継に当たる「Riding to Vanity Fair」
は、メランコリックな色彩が生んだ新領域の作品です。また、「At
The Mercy」は、「A Hard Day's Night」にあった忙しい夜というテー
マを、レノン-マッカートニーという拠点で乗り切るところから、こ
こでは、「Let It Be」とメランコリックにやり過ごすように変化して
います。

このメランコリックなトーンは、自身の老いもさることながら、でも
それ以上に、大切な人々を見送る側に立ってきたポールが否応なく引
き受けざるをえない重さだったと思います。

しかし、それは単に傾向というだけでなく音楽機械としてのマッカー
トニーの新しい表情になっているように思えてきます。どういうこと
か。

ポールはジョンを内面化したのではないでしょうか。

           ♪  ♪  ♪

たとえば、曲「Friends to Go」は、ジョージの、しかも出来のいい
曲に聞こえてきます。ポールが、「この歌を作曲中、まるで自分が
ジョージ・ハリスンになったような気がした。ジョージになった僕が
彼の曲を書いているような気がしたんだよ。だから、この曲はすごく
簡単に作れた」と言うとき、ぼくたちには深く頷くでしょう。

音楽機械としてのマッカートニーの独創性は、単独としてあるのでは
なく、芳醇な過去の蓄積を自分のものにする力であると、ぼくたちは
知っているからです。だから、ジョージになることは可能だろうと。

でも、置き換えてみましょう。

ジョージに少し失礼になるかもしれないけれど、同じことをジョンに
できるだろうか、と。自分がジョン・レノンになったような気がした、
とポールは言うでしょうか。

ぼくはそれはできないと思います。それは、ジョンの没後四半世紀を
経ても、ポールはそう言ったことがないからというだけでなく、ポー
ルとジョンの関係は、ジョージの曲のように対象化できるものではな
く、ほとんどどちらが作ったか分からないほど、不可分に感じてきた
過程を経ているからです。

「ジョンになった気分だった」ということは、自分自身のことと分離
できなからです。

だから、ジョージや他の音楽家にそうするようにはジョンに対しては
できないのです。それが、そもそものレノン-マッカートニーの意味
です。

           ♪  ♪  ♪

それなら、ジョンの内面化というとき、音楽機械としてのレノンをわ
がものとしたことを意味するかといえば、そうでもありません。この
アルバムはそう、響いてくるわけではありません。

「Follow Me」を聞いてみます。

  ♪ You lift my spirits
    You shine on my soul
    Whenever I'm empty
    You make me feel whole
    I can rely on you
    To guide me through
    Any situation
    You hold up a sign that reads, follow me

    You give me direction
    You show me the way
    You gave me a reason
    To face every day
    I can depend on you
    To send me to
    Any destination
    You hold up a sign that reads,follow me,follow

  ♪ 僕を元気づけてくれる君 
    僕の魂を輝かせてくれるんだ
    虚しい気持ちでいる時はいつだって
    君が僕の欠けた部分を満たしてくれる
    どんな状況にあっても
    君が出口まで導いてくれるはずだと
    僕は君をあてにすることができるよ
    「私についてきて」と書いてある標識を掲げてくれる君さ

    僕に方向を示してくれる君
    僕に道を教えてくれるんだ
    日々立ち向かうための理由を
    君は僕に与えてくれる
    どんな行き先だろうと
    君が送り届けてくれるはずだと
    僕は君に頼ることができるよ
    「私についてきて」「ついてきて」と
    書いてある標識を掲げてくれる君さ

ビートルズ相聞歌を追ってきて真っ先に感じるのは、「Follow Me」と、
ポールが言っているかと思いきや、そうではなく、彼は「私について
きて」と、それを言われる側に身を置いているということです。

ぼくたちはここで、「The Long And Winding Road」で、「きみのドア
に導いておくれ」と切なく訴えていたポールを思い起こすでしょう。
音楽機械としてのマッカートニーは、受動的な起動マシーンであるこ
とを、35年後の作品でも確認するのです。この立ち位置は彼の資質
に基づくのでしょう。

ぼくはここで、だからと、

  ♪ 君が出口まで導いてくれるはずだと
    僕は君をあてにすることができるよ
    「私についてきて」と書いてある標識を掲げてくれる君さ

ここにいう僕があてにしている「君」は、ジョンのことを言っている
とそのまま強弁するのではありません。これはまず、ヘザーという新
しいパートナーがポールを励ます日常に根拠を置いていることは間違
いなく思えます。

ぼくはただ、この詩のリアリティのなかに、ポールが、もうジョンは
自分を置いてきぼりしていないという実感を潜ませていると見做せる
気がするのです。ジョンは、ポールを置いてきぼりしない。場合によ
っては、「follw me」と言ってくれているのです。

それが、ジョンの内面化です。

           ♪  ♪  ♪

繰り返せば、ジョンの内面化というとき、音楽機械としてのマッカー
トニーが、音楽機械としてのレノンを内包したことを言うのではない。
そうではない。

『CHAOS AND CREATION IN THE BACKYARD』というアルバム・タイトル
は、常のポールにはない内省を感じますが、だからといって、ジョン
ならこのタイトルは決してつけないだろうことは、想像に難くありま
せん。ジョンにしてみれば、それはあまりに自明なことだからです。

そうではないけれど、ポールはジョンと対話しているのではないでし
ょうか。ジョンとの対話が作品づくりをどこかで後押ししているので
はないでしょうか。

対話ということを、ポールの幻聴、思い過ごし、記憶の再現のどれを
言っても、ぼくは反論する術を持ちません。どれも当っていると感じ
られます。

ポールはジョンと対話している。それがジョンを内面化していること
の意味です。それが、ヘザーと並んで、ポールに「You hold up a
sign that reads,follow me,follow me」と言わせる根拠になってい
ると思えます。

           ♪  ♪  ♪

そう感じられるもうひとつの理由は、作品の緊張感に、ぼくたちはレ
ノン-マッカートニーを感じるのです。かつてビートルズの頃は、た
とえソロでレコーデングしようともそうではなかったのに、解散後、
ポールの作品は、食傷感に突き当たることがたびたびありました。

彼の音楽機械である快美なバラードと軽快なロックに堕してしまう傾
向が。しかしこの度の作品は堕していない。作品は抑制が効いていて、
音楽機械としてのマッカートニーにメランコリックな要素を加え、全
体としてはメロウな要素を湛えるのに成功しています。

ここに、音楽機械としてのレノンが直接コミットした作品があるとは
思えない。けれど、ジョンという存在を身近に置いた緊張感はある。
そのことが、レノン-マッカートニーの物語の延長を思わせるのです。

たとえば、冒頭の「Fine Line」は、ポールらしい心地よい韻を踏んだ
曲で、タイトルだけで誰の作品か分かるくらい明快です。ポールは、
向こう見ずと勇気、混沌と創造の間に、紙一重の違いを指摘するので
すが、それは、レノンとマッカートニーの間に引かれるものでもあり
ます。レノン-マッカートニーは、同じようであるけれど、そこには
紙一重の違いがある。彼はそれを踏まえればこそ、ジョンとの対話を
可能にし、彼によってしか担われないレノン-マッカートニーを更新
したのです。

ともかく、作品はメロウな芳醇さを湛えています。ポールのこの新し
い達成は、祝福されてしかるべきでしょう。

________________________________

『CHAOS AND CREATION IN THE BACKYARD』

1.Fine Line
2.How Kind of You
3.Jenny Wren
4.At the Mercy
5.Friends to Go
6.English Tea
7.Too Much Rain
8.A Certain Softness
9.Riding to Vanity Fair
10.Follow Me
11.Promise to You Girl
12.This Never Happened Before
13.Anyway
14.She Is So Beautiful

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2005年9月 1日 (木)

『ビートルズ 二重の主旋律』を出しました

beatlesビートルズ:二重の主旋律―ジョンとポールの相聞歌

喜山 荘一

メタ・ブレーン
2005/09/01
1,890円

2005年9月1日の今日、
『ビートルズ 二重の主旋律』という本を出しました。

この本は、2000年6月1日から2003年12月16日
までの3年半の間に、めろんぱんなどの発行スタンドを使って
「ビートルズ相聞歌」と題して出したメールマガジンを
元にしています。

実は、途中1年間もさぼったために、最初に出していた
まぐまぐの読者とは一回、切れる形になってしまいました。

さぼりながらも何とか、ビートルズの結成から解散、
ソロ活動、そして現在までを辿れたのは、時折、
いただいていた濃厚な感想文のおかげでした。

本の「あとがき」にも書いていますが、
あのとき感想文をくださった方にはお礼を言いたい気持ちです。
ありがとうございました。

今となっては、お礼を伝える術がない方もいるので、
この場を借りて、メッセージする次第です。

さて、本の中身は、ジョンとポールの「恋」がビートルズを
作ったと仮説して、彼らの作品を辿ったエッセイです。

レノン-マッカートニー・ナンバーを二人の交換日記としてみて、
二人の恋の告白から喧嘩から仲直りまでの色んな表情を眺めて
みたものです。

ボリュームの都合と読者の数がありますから、
本は、ビートルズ時代とアンソロジー時代を中心に扱っています。
でも、実際は、ソロ活動時期の方が、二人の交換日記は
切なかったり正直だったりします。

離れてしまったからですよね。

その間のことはバックナンバーを掲載しているので、
関心のある方はご覧になってください。

書名の「二重の主旋律」というのは、
もちろんレノン-マッカートニーのことです。

ジョンとヨーコが、「ダブル・ファンタジー」なら、
ジョンとポールは、「ダブル・メロディ」だと思って、
おおそうかと一人合点してつけました。

この本、楽しんでもらえたら嬉しいです。
色んな方の感想を聞いてみたいものだと思っています。
読んだ方がいたらぜひ、教えてくださいね。

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