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2009年8月13日 (木)

過剰な委縮

 「Myaku」(「死の棘」日記から(5))で知って、「現代詩手帖」の吉本隆明の発言を読んだ。

よく経済学者が解説するなかに一九一〇年代の大恐慌が出てきますけれども、その状況といまは違っていて、日本の企業とくに中小企業にとってはなんの関係もないし、影響もないというのがいまの状態だと思います。いま日本の出版業をはじめ中小企業と言われる領域の企業が縮こまっているのは、アメリカの恐慌の影響でも何でもない。これは自らを守るために事業とか職業とかでさんざん苦労している日本の中小企業のひとたちが、敗戦があきらかになったころの十年間くらいのあいだのことを顧みて考えて、それを思い出して身を縮めている。それは過剰な身の縮めかただと思います。(吉本隆明、瀬尾育生「孤立の技法」「現代詩手帖」8月号)

 実感に照らしても過剰な委縮というのはよく分かる。理由もないのに委縮してしまっているのだ。

 けれど、間接的な影響ならあると思える。本質的には関係ないはずなのに、大企業の死んだふりで中小企業が深刻な影響を被っているのが現在の状況ではないだろうか。もっと言えば、大企業の死んだふりを模倣して、ここぞとばかりに横暴さを発揮する中小企業もある。必死に死んだふりの影響を最小限にとどめようとする中小企業もある。ぼくたちはここで、正体が露骨に現われるのを目撃しているのだし、今後の選択肢を明示してもいる。

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