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2009年7月21日 (火)

『吉本隆明1968』

 「団塊世代の吉本隆明体験」を書くというのが『吉本隆明1968』のモチーフ。若い世代に分かるように喩えを繰り出して解説するが、次第に我知らずのめり込み、気がつけば400ページを越えるボリュームになり、かつ中身も本格的な評論になった。それが、鹿島茂のこの本だと思う。

 転ぶ転ばないではなく、近代と封建制の社会構成の全体を捉えているどかが問題の転向論。封建性的土壌から離脱した後、その土壌への嫌悪や恥ずかしさからそこに戻れなかった芥川龍之介。フランス留学を契機に世界性を知るが、出自世界の封建的優性との葛藤が未決のまま戦争にのめり込んだ高村光太郎。抒情詩がそのまま伝統回帰の母体になってしまう。こうした転向の系譜と格闘しながら、大衆の原像の概念をつかみ、自立の思想をつかむまで。それが本書の中身であり、それに添うなら、「団塊世代の吉本隆明体験」というより、「吉本隆明の自立思想」というべきものだ。

 「団塊世代の吉本隆明体験」の当初モチーフは、あとがきに示される。

 それは、「吉本隆明はお為めごかしや偽善的なことは絶対隻口わない」という非常に単純な「倫理的な信頼感」であったと断言できます。もっと、単純に言ってしまえば、「ヨシモト、ウソつかない」ということになります。
 というのも、まだまだスターリニスト的な左翼の影響力が強かった時代に、人民だとか反貧困だとか反戦だとか絶対平和主義だとかいったご大層な大義名分を並べる人に向かって「それはウソでしょう」と遠慮なく言うことのできる勇気を持ち合わせていた人は、吉本隆明を除くとほんのわずかしかいなかったからです。

 「ヨシモト、ウソつかない」。これだと思う。

 けれど、モチーフと中身のズレは失敗だとは思わない。易しい紹介をするつもりが、つい、のめり込むのは好もしいし、おかげで批評家としての初期吉本像を振りかえることができた。


『吉本隆明1968』


Yosihmoto1968_2

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3.思想は生きる糧」カテゴリの記事

コメント

「ヨシモト、ウソつかない」
 明解かつすごい言葉です。肝に銘じようと思います。

投稿: tssune3 | 2009年7月28日 (火) 22時26分

tssune3さん

ご心配をおかけして済みません。また、お返事遅れてしまい申し訳ありません。

阿Q的関係の場を強いられたら容易く阿Qになってしまうのを痛感しました。阿Q的関係が世界の成り立ちではないと頭で知っていても。怖いことです。
いま、その場から離れてようやく脱阿Qしているところです。

「ヨシモト、ウソつかない」。鹿島さんの念仏のようですね。

投稿: 喜山 | 2009年7月29日 (水) 23時10分

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