「eメール」とは

 eメールとは、限りなく話し言葉に近い書き言葉である。

 eメールは、下図の「書き言葉」と「話し言葉」の交わった部分にあり、かつ「書き言葉」に属する。

Email


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「件名」しかない

 以前、携帯メールの影響を受けたeメールの新しい現象として、「『件名』がない」メールのことを取り上げましたが、携帯メールにはもうひとつタイプのあることを知りました。

 それは、

 「件名」しかないメール

 です。

 先日、待ち合わせをしていたときのこと、「いま○○に向かっています」と、待ち合わせ場所を書いた件名のメールをもらいました。ところがちょっとびっくりしたのは、さっそく件名を押して本文を見たところ、本文がない。あれ、ひょっとして本文を書く前に間違って送ってしまったのかな、意外とそそっかしいな、などと勝手なことを思ったのです。ところが次のメールが来ないので迂闊なわたしもやっと、これはこれで完結しているのに気づきました。だって、「件名」だけで用は果たしているわけですから。

 なるほど、と、わたしは感心してしまいました。

 「件名のないメール」は、高校の息子が送ってきたメールがそうだったので、体験することができました。いままた、新しいタイプ、「件名しかないメール」を体験できたのですが、こちらはほぼ同世代の方からです。若い世代だけがやっているわけではない、ということですよね。

 仕事用のeメールという文脈から離れてみると、この二つはどちらも携帯メールの使いこなしと言えるものです。件名も本文もない、そこにはメッセージがあるだけ、というのは、小説、詩と短歌、俳句、コピーとの違いを連想します。

 そこにあるのはメッセージだけ。こう考えると、メッセージだけの箱しかないauのCメールが本来的に思えてきます。

 「件名しかないメール」、送ったことありますか?



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殿、様、さま、さん。2

 先日、「殿、様、さま、さん。」で、ぼくは、「○○部長殿」という書き方について、「殿」の他にも、「様、さま、さん」という選択肢の方へ議論を進めましたが、もとはといえば、「○○部長殿」と書く人がいるが、この場合、「殿」は要るのか?と聞かれたのでした。

 これにぼくは、「『殿』が要るか要らないかというより、『部長』をつけなくていいのではないか」と答えて、びっくりされたのでした。気を遣うのは分かりますが、せっかくフランクなコミュニケーションを促進してくれるメディアがあるのに、わざわざ文書文化に戻して、堅苦しくなる必要はないのにと感じたわけです。

 ただ、その企業ではほぼ全員が、「殿」を使うというだけでなく、名前に役職もつけるのだそうです。そういう中で、それを外す、のには確かに抵抗が伴うでしょう。だからすんなりできるわけではない。でも、期待したくなります。「○○さん」とeメールを送る人の登場を。



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殿、様、さま、さん。

 先日、eメールコミュニケーションの研修をした参加者の方から、どうして「殿」はいけないのですか? と質問がありました。その方は、宛名に、「○○部長殿」と社内であれ社外の方であれつけるが、それがどうしてだめなのか、と疑問に感じたわけです。

 で、それは誤解なので、「『殿』でなくてもよいと言ったつもりで、『殿』ではないけないということではありません」と、謝りました。

 実は、その方だけではなく、研修に参加したその企業の方ほぼ全員が、「殿」を使っていました。そこで、ぼくの言い方は、「殿でなくても」と、語気が強くなってしまったのかもしれません。

 ぼくはふつう、

 お客様には「様」。信頼関係があるお客様には「さま」。社内の同僚には「さん」、

 と案内しています。

 そう言うぼくのガイドには、そもそも「殿」が入ってなかったのですね。

 でも、eメールには「文書」と「会話」の幅があり、「文書」に寄れば、「殿」のオプションが生まれることに、改めて気づいたのでした。

 まぁ、そうは言っても、eメールは、会話のリズム感が生きるコミュニケーション手段ですから、なるべくフラットにフランクにいきましょう、と、そう言いたいわけです。

 先日の研修に参加された方のなかから、お客様であれば「○○様」、社内であれば「○○さん」と書く方が登場したら、とても新鮮だろうなと思うのでした。



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味ある言葉集

 無機的になりがちなeメールを、ほっとさせる、味わいあるものにする言葉を集めてみました。

1) 「追伸」
  ・文末にビジネスから少し離れた文脈をつくるのに使えます。

2) 「おまけ」
  ・セミナー参加者から教えてもらったフレーズです。「追伸」と同じです。ひらがななのがいいですね。

3) 「蛇足」
  ・「追伸」、「おまけ」に同じです。これもセミナーの参加者から教えてもらいました。

4) 「かしこ」
  ・昔、文末をこれで締めている女性がいました。味わいが出ます。

5) 「拝」
  ・喜山拝。などのように、文末に置きます。

6) 「拝読いたしました」
  ・こう書かれると、丁寧に読んでもらった気がしてきますね。

7) 「小職」
  ・自分をへりくだっていう表現。

8) 「小生」
  ・辞書には、「男子が自分をへりくだっていう言葉」とあります。ぼくには、書生さんのイメージがあります。

9) 「幸甚」
  ・非常にありがたいときに使います。ちなみに、村上龍も、ときに使うそうです。


 「小職」など、いつも使っている方もいるかもしれません。でも大半は、ときに使うから、味わいが増します。村上龍だって、「幸甚」をいつも使っているわけではなく、ひんぱんには使えないと断っています。(もっとも、村上がこれを頻繁に使っている姿は想像できないわけですが)

 みなさんも、ときに、使ってみてはいかがでしょうか。相手がほっとしたり、微笑んでくれたりするかもしれません。

 それから、小粋に使っているフレーズや言葉があったらぜひ、教えてください。加えていきます。



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CCは、横?縦?

 金曜に、eメールコミュニケーションをテーマに話す機会があったのですが、eメールは生ものだと、その場でもつくづく感じました。

 CCのことに話が及んだときです。

 わたしはCCについて、こんな整理をしました。

 1)CCは、明記する。
  ・自社、他社が混在して人数が多い場合は、
   CC(他社各位)、CC(自社各位)と、分けて書く。
 2)CCは、横に書くのが一般的。
 3)CCに、上司を入れてもいい。
 4)やりとりの途中で、CCに加えてもいい。
  ・ただし、必要最小限に。
  ・ただし、誰が加わったと、紹介する。

 2)や3)は、セミナーのときに、最近、質問を受けることなので、整理として加えていました。
 3)の質問など、わたしは想像もしたことがなく、初めは何を聞かれているのか分からなかったのですが、聞き返してやっと合点がいったのは、CCに上司が来る場合、「報告」に当たることが多いのだけれど、ここに上司を書いてもいいのかという疑問の背景には、「報告」ではなく、「脇に置く」ことになるのではなかと懸念があるようなのでした。

 TO 佐藤様      CC 田中

 ここで、「佐藤様」が顧客に当たり、「田中」が上司に当たる場合、「CC 田中」は、上司である田中さんに対して、eメールの内容を「報告」しているのですが、そうではなく、まるで脇に置いていることにならないのか、と、質問している人は気にしているのでした。

 これは、「報告」を意味するのであって、気にすることではない、というのがわたしの回答になります。その場でも、3)が新入社員の頃、気になったという方はいました。
 けれど、どうもしっくりこない。何か、腑に落ちてない雰囲気を感じて、いろいろ聞いてみると、3)のことではなく、2)に引っかかりがあるようでした。

 2)の、「CCは横に書く」という意味を、わたしは、次のように、

 TO 佐藤様    CC 田中、鈴木、渡辺

 と、CCに書く人が複数いる場合は、横に並べるのが一般的で、

  TO 佐藤様    CC 田中
                鈴木
                渡辺

 とする必要はない、ということを言っているつもりでした。
 これも、聞かれたときは驚いた質問でしたが、要は「縦に書く」ことが、序列を尊重した書き方になるのではないかという意図で、CCに上司を入れてもいいのかという質問に似た問題意識でした。

 これには、CCは横に書けばいい、序列は、CCの並びで表現すればいいので、縦横は気にすることではないとわたしは答えています。

 でも、わたしの「CCは横に書く」という表現は舌足らずで、研修に集まったみなさんは別の意味に採っていたのです。

 みなさんは、

 TO 佐藤様    CC 田中

 これは、「CCは横に書く」だけれど、「CCは縦に書く」ということを、
 
 TO 佐藤様   
 CC 田中

 と、受け止めているのでした。
 わたしは「横」パターンで、いつもは書いているのですが、その場の質問者には、この横パターンを「変わってますね」とまで言われる始末でした。それもそのはず、「縦派」か「横派」で挙手をしてもらったところ、150人のほぼ全員が「縦派」で、「横派」は圧倒的な劣勢で、みなさんは「縦」で書いているのでした。

 これはどちらが正しいということはないと思います。eメールの本文の書き出しのスペースは、とても価値が高いから、一行でも行数を縮めて、本文に入ろうと考えれば、「横」の方がスペースを有効に使っていることになりますが、だからといって、そうすべき、ということにはならないでしょう。

 eメールは生ものだなぁとつくづく感じるケースでしたし、わたしも新たな気づきをこれ以外にも、多く得られました。参加者のみなさんどうもありがとうございました。



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「件名」がない

 「eメールの書き方」について、テキストを書いているのですが、このテーマ、3年くらい前から伝えることが変わったと感じています。

 それまでは、eメールは、「貴社ますますご清祥のこととお慶び申し上げます」と書き起こす必要はありません、「こんにちは」からはじめてください。そう言うのが、伝えるべきことでした。つまり、書き言葉に対して、話し言葉に近づけていいということです。

 ところが、3年前、新入社員の研修で、アポイントを依頼するお題に対して、「よろしくお願いします☆」という件名が登場してびっくりしたことがありました。そこが伝えるべきことの折れ曲がりの時期だったと思っています。むしろ、話し言葉の延長にある「☆」を使わないこと、といわなければならなくなったのです。

 それまでは、文書文化にあったビジネスマンに、文書文化を必要以上に持ち込む必要はない、と、eメールコミュニケーションの話し言葉のよさを生かそうとしてきました。ところが、これからは、必要以上に携帯の話し言葉文化を持ち込まないようにといわなくてはならなくなったのです。

 今日は、そのことにもうひとつの気づきがありました。
 eメールコミュニケーションの研修の打ち合わせをしていて、「件名を書かない新入社員に必要です」と言われたのでした。ああ、と思いました。これは、あの、「よろしく☆」と同じ文化圏の現象です。

 そういえば、ぼくも子どもも携帯のやりとりをするときは、彼に倣って、件名なしのままやりとりしているのを思い出しました。

 かくて、「件名を入れようね」。これも、ビジネスeメールで伝えるべきことになったのでした。

 追記  
 「結論は先に」といつも言っているのに、最後の「結」と相成ってしまいました。



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漢字・ひらがな・カタカナ

 eメールの書き方について、よく、「漢字は3割以内」と言います。
 電子の画面は黒っぽいと、とても読みにくくなるため、そんなガイドラインを設けているのですが、eメールに限らず、ぼくたちが読みやすいとしている文章の「漢字比率」はどうなっているだろう。

 そう考えて、手元にあるいくつかの小説を引っ張り出してみました。どうせだから、夏目漱石からよしもとばななまで、一世紀の時系列もたどってみたい。

 とはいえ、作品全体の文字を調べるのは大掛かりなので、任意の2ページについて、出してみる。


■『坊ちゃん』夏目漱石 1906年
・漢字      33%
・ひらがな    60%
・カタカナ    0%
・アルファベット 0%
・数値      0%
・その他     9%

■『人間失格』太宰治 1948年
・漢字      21%
・ひらがな    61%
・カタカナ    2%
・アルファベット 0%
・数値      0%
・その他     16%

■『ノルウェイの森』村上春樹 1987年
・漢字      20%
・ひらがな    67%
・カタカナ    2%
・アルファベット 0%
・数値      0%
・その他     10%

■『海のふた』よしもとばなな 2006年(文庫)
・漢字      19%
・ひらがな    65%
・カタカナ    2%
・アルファベット 0%
・数値      0%
・その他     13%

 これを見ると、漢字が3割を超えるのは、夏目漱石の『坊ちゃん』ですが、『坊ちゃん』どまりで、サンプルの作品のなかでは、これより後には、漢字3割を超える作品は絶えます。少なくとも小説作品に関して言えば、漢字3割というのは、相当な量だということであり、ひょっとしたら、eメールの「漢字3割以内」は、適正な値ではないのかもしれません。

 また、ひらがな比率において、夏目漱石の『坊ちゃん』と太宰治の『人間失格』は、約6割と変わりありませんが、漢字の比率において、『人間失格』は、『坊ちゃん』より10%以上低くしているのが分かります。この、太宰の漢字の率を落として、ひらがなの率を上げる方法は、その後も保たれます。

 1987年の村上春樹の『ノルウェイの森』では、漢字比率は、『人間失格』とほど同等ですが、ひらがな比率は、『人間失格』より高く、67%にまでなっています。ひらがな比率を高めることが作品の流れだったのでしょうか。

 そして、『坊ちゃん』から一世紀、よしもとばななの『海のふた』を見ると、漢字は2割を切り、19%となり、ひらがなは、『ノルウェイの森』より少し低いですが、65%を維持しています。

 他の例を調べていないので、断言はできませんが、

・夏目漱石    漢字30%超 ひらがな60%
・よしもとばなな 漢字20%弱 ひらがな65%

と、漢字を落とすというだけでなく、ひらがなを上げるというのが、この例にみる、一世紀の文字表現の進展です。

 これは、文字表現からみた近代以降の急激な社会の膨張を示していると思われますが、ここを見る限り、読みやすい文章の現在は、漢字2割というラインを示しているかもしれません。




 

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