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セゾン、散る

 そんなの、とうの昔にそうだったよという話かもしれませんが、ウォルマートが西友を完全子会社化したという報を耳にして、ああと感慨を覚えずにいられませんでした。

 ウォルマート、西友株のTOB開始、1株あたり140円

 自分は何を感じているのだろうと、しばらく考えてきたのですが、どうやら、この報道で、セゾンは完全に散ったと感じたようです。

 ぼくは糸井重里の「おいしい生活。」に代表されるコピーが大好きでした。「不思議、大好き。」、「ほしいものが、ほしいわ。」、「より道主義だ。」、「いいにおいがします。」など、今でも、言葉を聞くだけで、当時の時代の空気が蘇ってきます。そしてそれだけではなく、当時も、そのコピーを口にするだけで、時代を生きる酸素をもらっている気がしたものです。「お手本は自然界。」もよかった。

 コピーが好き、が昂じて就職先を決めてしまったようなものでした。安月給だったと思いますが、それでも、そのコピーたちがあると思うと、人はパンのみにて生くるにあらず、などと変な引用をして納得していました。

 そんな言葉の魔法が解けたのはいつだったろう。

 90年代に入り、糸井重里は、「商品の包み方の一番じょうずな百貨店になります。」と企業要請に応じてコピーするのですが、これは時間的には、「いいにおいがします。」の後ですが、言葉としては、その後に来るものではなく、ある断絶を含んでいます。

 糸井が、「商品の包み方の一番じょうずな百貨店になります。」のような現実的なコピーを作ったのが、魔法が解ける瞬間だったでしょうか。ぼくは当時、売場で、それこそ包装の練習をしましたが、状況に落胆したものの、それで魔法が解けたようには思っていなかったと思います。

 そうやって思い出すのは、92年の東武百貨店大増床に伴う、「ふつうの百貨店」です。巨艦になりながら、ふつうもヘチマもないだろうと半畳を入れたくなりますが、このコピーは新しい百貨店の「ふつう」を提示したという更新の意味は持っていました。でも、「ふつうの百貨店」には、身も蓋もない現実感があります。ぼくは、鉄道を隔てた向こうの百貨店のコピーで、魔法が解けた、白けたのかもしれない。

 ぼくにとっては、それが何か、西武百貨店の終わりを示しているような気がしています。糸井のコピーによってではなく、糸井のコピーが西武から去るということでもなく、もうひとつの巨艦店舗の増床のコピーによって。

 でもそれでも、セゾンには西友があり、西友はセゾンの砦であると、どこかで思っていたのでしょうか。そんな期待が、今回の完全子会社化により、消えました。これからは、別物になって西友も生きるのでしょう。

 そしてそれと同時に、セゾン散る、あの、セゾンの文化も完全に企業体としての拠点を失ったんだなと思いました。個人的な感じ方に過ぎませんが、ぼくはどうしてもそう思えてきます。(いや、まだ良品計画があるのかな)
 

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