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やっぱり店頭

 「やっぱり店頭だよ」。

 10年商品も手がけるマーケターの開口一番が、これでした。

 「日本の製品は、基本はいいと思う。いい製品が多い。ただ、売り方が伴ってないんだよ。」

 「データ至上主義になってる。何が売れてるのかは分かってるけど、なぜ売れてるのかは分かってないから手が打てない。最後は、やっぱり『勘』だと思う。」

 「勘」。言い換えると何ですか?

 「『これはイケル』とか、『面白い』とか、『自慢できる』とか、そう感じられること。データで分析したことを、キャッチーに言えるかどかが大事だよ。なんでこうデータ、データばっかりになっちゃったんだろうね」

 データが見れるようになったからじゃないですか? と、わたしは間抜けな返答。

 「店頭での強い訴求が必要だと思う。マスだとそこまでは要らない。もう最近は、マスは要らないんじゃないかと思ってる。CMは踏み絵みたいなもんでさ。CMで訴求しても、店頭に無かったら何にもならないし、そもそも水口さんも言ってるように、『認知は購買を保証しない』。『認知』は要らないんじゃないかと思う。店頭でしっかり訴求できれば、それが一番いいんじゃないか。」

 「そういう意味では、開発マーケターはまだ手を汚そうとしていない。きれいになりすぎちゃうんだよね。開発マーケターが営業と一緒に活動する、そんなつなぎが要るんだと思う。」

 「手を汚す」というのは、汚いことをするという意味ではなくて、足で考えるということだと思う。
 「マスは要らないんじゃないか」というのは、それこそキャッチーな言い方ですが、取り組まなければならないことを示唆すると言う意味では、充分インパクトのある言葉でした。

 わたしは、『なぜ、キリン・ザ・ゴールドは求められるのか?』の本を紹介しにのこのこ伺ったわけだったが、切り返しの言葉は、充分にわたしの宿題にもなりました。

 キャッチーにすること、店頭マーケティングへの取り組み、などなど。


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