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批判は人を育てない

 批判は人を育てないのではないか?

山田ズーニーの『おとなの小論文教室。』で、
ひときわズシンと響いてくる言葉だ。

山田は、批判が自分を成長させると思い、
インターネットでコラムを書きながら、
批判メールから目をそらさず正面から向き合ってきた。

けれど3年経って自問する。

 はたして批判メールは、私を育てたか?

そして、山田は、NOと答える。

 あとから考えると、誤読だったり、視野が狭かったり、
 一方的だったり、論点が平板だったり、論拠がなかったり、
 どうして、こういうメールに、長時間、まじめにとっくみあったのか、
 と思う。
 それは時間の無駄ですむロスではなかった。
 嫌なストレスを溜め込むし、せっかくよい問題提起のあるメールを
 くださっている読者とははればれと向かい合えない。

そして、山田は書く。

 つまり、今日を生きるのに遅れる。

ぼくはほとんど、うんうんとうなづく。
そう言うなら、今日を生きるのに遅れるのは、
何も一日二日の話ではなく、
もう何年も、今日を生きられていない場合だってあるはずだ。

批判はどうして人を育てないのか。

山田は二つ、答えている。

ひとつは、いまは生きていく上での選択を何もかも「個人」で
担わなければならなくなっている。
みんな揺らぐし失敗しながらやっているのだ。

 こういうとき、新しいアイデアを実行していく勇気ある人を励まさないと、
 結局自分も、ゆきづまる。

もうひとつ。

 批判は結構だれにでもできるのではないか?

 ○ ○ ○

批判は誰でもできる。だから、批判は人を育てない。
これは、そもそも、そうだと言える。

けれど、前者の、個人として生きるしかない社会だからこそ、
批判は人を育てない。励まさないと、後がない。
この言葉は、そもそもを離れて、
いまだからこそという切実さを感じる。

批判は人を育てない。
これは、優しさかもしれないけれど、
一方、吹きっさらしに一人で立っているような
いまの社会の現実感のきつさを反映させている。

ことは、だから、「人」にとどまらない。

批判は商品を育てない。

そう言っても同じだと思う。




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