"HAJICHI" Metamorphosis into butterfly-person

1. What does the tattoo pattern mean?

 Whether you have tattoos or not, you've probably been fascinated by the beautiful designs of "tribal tattoos". And even if you didn't care about the meaning of the pattern, you've probably wondered what it means.

2. Revealing the pattern of the Ryukyu islands' tribal tattoo,  “Hajichi”

 This book unravels the meaning of the Hajichi pattern, one of the tribal tattoos. At least until the end of the 20th century, there were women with tattoos on the islands of the Ryukyu. The patterns vary so much that it is said that you can identify an island by looking at the Hajichi.This book reveals the significance of almost all of the recorded patterns.

3. Why it can be revealed.

 I am from Yoron Island in the Ryukyu Archipelago and have been exploring the prehistoric spiritual history of these islands. The results of this research are included in “Coral reef wild thinking” (『珊瑚礁の思考』2015, Fujiwara Shoten). The Ryukyu Islands are rich in myths, rituals, and customs, and have remained a fascinating fieldwork site for folklore and anthropology.( Levi Strauss also makes a small reference at the beginning of "Wild Thinking") Just as it was the Ainu in the north and the Ryukyu Islands in the south that left behind tribal tattoos in the Japanese archipelago, the Ryukyu Islands leave clues to explore the minds and thoughts of prehistoric times.

 In this exploration, I noticed that totems, spoken of in myth and folklore or preserved as the names of patterns, were represented in shell mounds and ruins. I have confirmed this in the Ryukyu Islands.

 I must emphasize that this is very different from what we have been taught, but a shell mound is not a dump site(or kitchen midden). Rather, shell mounds and ruins were sanctuaries to connect with totems.

4. Metamorphosis into butterfly-person

 If we can decipher the shell mounds, we can find the totems. Totems have changed over time, as they have been updated by prehistoric human's changing views of life. Thus, from the deciphering of the shell mounds, we can create a totemic timeline. Surprisingly, it corresponds exactly to the pottery timeline.

 In this totem timeline, the Hajichi was born when the "Spirit soul" concept arose late in the plant totem stage.At the plant totem stage, the human body is thought to have metamorphosed from a particular plant . Therefore, the human body is a plant body. And just as butterflies are born from plants, butterflies were carved into the bodies of plants. That is the "Hajjichi". The spirit was thought through the medium of a butterfly!(you may recall " psyche").

 If you read this book, you will understand the meaning of the patterns of the Hajichi.

 You will see not only the meaning of the pattern, but also the world that was with Hajichi. That is to say, we get a glimpse into the minds and thoughts of the prehistoric people at that stage in their lives.

5. Some examples

 Let me give you an example. The pattern marked on the ulnar stapes on the right hand is a peculiar design that is often similar in the islands, but this represents a butterfly (called a "five-star" on the Okinawa island).

 The pattern on the wrist at Tokunoshima island is also easy to recognize. This represents their spirit butterfly, “Ishigake-cho(Cyrestis thyodamas)”.

 If we shift our view outside of Hajichi, the artifacts unearthed from shell mounds and ruins at this stage are eloquent. The artifacts that have been called "butterfly-shaped bone object" represent butterflies. This is from the Murokawa shell mound, and the spirit butterfly is thought to be a “Namiageha”(Papilio xuthus).

6. Entrance to the world of the prehistoric mind

 This book is focused on the Hajichi, so you can certainly get to the meaning of the pattern. However, the number of pages is limited, so the details of the decipherment have to be given away separately. I will eventually develop this as a "totem-metamorphosis hypothesis".But you can stand on the threshold of the world of the prehistoric minds that were thinking in totems and metamorphoses.

7.It's in Japanese but full of illustrations

 It will disappoint you, but this book is written in Japanese. As you can see from the poor English in this "introduction", I am much better at writing in Japanese.

 But in this book of about 100 pages, the right page is the text, but the left page consists of illustrations of “Hajichi” hands, plants, butterflies, larvae, pupae, shells and archeological relics. So, at least the plants and butterflies that the pattern represents can be understood without having to read the text.

 I would be very happy if you could find out the origin of the Hajichi design along with these illustrations! And I would be even happier if you got to know the Ryukyu Islands as more than just a beautiful coral reef resort.

 

 

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2020/10/21

「ハジチは蝶の印」パネル展

 『ハジチ 蝶人へのメタモルフォーゼ』(喜山荘一)の発売を記念して、ハジチと紋様の由来となる蝶や植物、貝をビジュアルで表現したパネル展を開催しています。

 

会場:ジュンク堂書店 池袋本店4F

期日:20201020日~1130

 

 お近くの方はぜひ足をお運びください。

 山城博明(波平勇夫)さんの『琉球の記憶 針突[ハジチ]』写真展とも隣り合っているので、写真と解読をいっしょに楽しめます。蝶や植物、サンゴ礁の写真は仲程長治さんに依るもの。しびれます。

 

Panel 

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2020/10/03

ハジチの本が出るにあたって

『珊瑚礁の思考』を構想しているとき、ある伝承や習俗の理解が別の伝承や習俗の理解と脈絡をつけてつながるということが起き始めた。もうひとつ別の理解点が加われば面をなして、理解点が増えると面は次第に大きくなってゆく。もちろん、点の理解に間違いあれば、面は消えて線に戻るが、また次の点ができて新しい理解面も生まれる。こうしたことが次々と起きる感覚があった。それは今も続いているが、そうすると、あることにどのように気づいたかが分からなくなることがしばしばになっている。この本では、ハジチを蝶に結びつけて解釈しているが、それはどのような経緯だったのか。思い出してみたい。

 ハジチが霊魂に関係していることに初めて納得したのは、吉本隆明の「ファッション論」だった(『ハイ・イメージ論Ⅰ』1989)。そこで吉本は民族誌の霊魂概念を辿りながら、入墨や身体の畸型化は人間の裸身が「霊魂の衣裳」と見なされたときに成立すると考えていて、ぼくはこれをハジチに引き寄せて理解した。ハジチは「霊魂のファッション」なのだ。

 『珊瑚礁の思考』では、「あの世」と「霊魂」の先後を考えることになった。それは吉本が『共同幻想論』でも明示していないことに思えていた。確定的には言いづらかったが、他界は霊魂に先んずるという理解を採った。「この世」と「あの世」の空間分割が先にあり、両者を行き来するものとして「霊魂」が思考されると考えるのが自然に思えたからだった。

 もうひとつ、霊魂観の系譜を辿ると、「霊魂」にはふたつの系列があった。ひとつは身体的なもので語彙として「呼気」や「体温などの熱」に代表される。もうひとつは影像的なもので頻繁に出てくるのは「影」や「水に映った影像」だ。棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態』に集められた民族誌例でもそれは確認できる。ぼくは生命を原形があってその変形として捉える霊力思考と知覚を通じて仕組みをつくる霊魂思考に関連づけ、霊力思考から感覚された「呼気」に対して、それとは別の霊魂思考が「影」などの映像的なものを通じて「霊魂」が思考されたとき、「呼気」ももうひとつの霊魂とみなされるようなったと捉えた。そこから、霊魂は種族の進みゆきによってひとつに統合される場合もあれば、数を増やすこともある。トロブリアンドのバロアはひとつとして語られるものであり、霊力の高い人はたくさんの霊魂を持つということは琉球弧でも言われる。また、マルセル・モースがマオリ族について述べた贈与の霊であるハウも霊魂観から接近できるのは分かった。「影」などの霊魂の発生と同時に「ふたつの霊魂」がセットされる。デュルケムが言う「霊魂とは、一般に、各個人の内に化身したトーテム原理そのもの」(『宗教生活の原初形態』)ということの内実も、ここから解きほぐすことができると思えた。

 『珊瑚礁の思考』はここまでの理解になっている。

 琉球弧のハジチで最も重視されたのは左手首の尺骨頭部の紋様だ。そこは、島々で「アマン(ム)」と呼ばれる。アマンはヤドカリのことで、琉球弧ではトーテムの伝承を残す生き物だ。右手は不明だが、ハジチが「霊魂」の発生に根拠を持ち、霊魂は初期に「ふたつの霊魂」としてセットされる。それなら、ハジチの左右の尺骨頭部は見事に「ふたつの霊魂」の発生を示しているのではないか。「呼気」というプレ霊魂は、トーテム由来と見なせるから、それなら右手が霊魂としての霊魂ということになる。左手首の紋様はトーテムであり、右手首の紋様は霊魂だ。

 ところでうかつだったけれど、『与論町誌』を見ると、1969年に行われたハジチの調査事例のなかで、左手の尺骨頭部は「アマン」で右手は「パピル」と聞き取りされているのを知り、とても驚いた。与論語のパピルは、琉球弧ではハベル、ハベラ、ハーベールーなどと呼ばれる蝶・蛾のことだ。パピルは島々で霊魂や死者の化身として語られている。やはり、霊魂はパピルであり、ハジチの右手首の紋様も蝶・蛾であるという見通しが立つ。

 そしてここ数年は考古学調査報告書を読み漁ることになった。貝塚や遺跡がトーテムを表すのに気づいたからだ。「遺構」や「製品」と呼ばれるものはトーテムやそれに近しいものを示している。それなら、ここに「霊魂」発生の痕跡を見つけることができるのではないか。そしてそうその通り、植物トーテムとサンゴ礁トーテムの段階で、トーテムだけではなく、蝶や蛹や幼虫が描かれ、作られているのが分かった。誰でも分かるサンプルでいえば、「蝶形骨器」がある。ここでは、どうやら「あの世」は「霊魂」に先立つと仮説できることも確かめられた。 

 ハジチと蝶のつながりは、思い出せばこういう順番を辿って考えていったことになる。このことは、小冊子では触れることができないので、備忘を含めて記しておく。

 

『ハジチ 蝶人へのメタモルフォーゼ―Japonesian Ryukyu Tribal Tattoo』

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2020/04/11

『縄文時代にタトゥーはあったのか』

 本書の関心は多岐にわたるので、メンタワイのタトゥーをみれば、インドネシアの自然を覗きたくなり、北海道の「中空土偶」をみれば、縄文後期の北海道のトーテムを調べに潜行したくなったり、セントローレンス島では関節部を魂の場であるという記述にぶつかると、琉球弧のそれとおぼしき痕跡のことに頭が行ったりと、考え込みたくなる誘惑を何度も抑えるのだった。

 タイトルの「縄文時代にタトゥーはあったのか」という問いに向き合えば、琉球弧の方からは、「あった」と回答することになる。20世紀末までみられた「ハジチ」の紋様は、縄文時代まで辿ってはじめてその意味を浮かびあがらせるし、ハジチをした理由についても、ローカルなものではなく人類的な必然を感じさせるのだから。

 面白いことに、ハジチを継承た琉球弧では、土偶はつくられなかった。他方、土偶を盛んにつくった本州弧ではタトゥーは継続することはなかった。幻視するほかない本州弧のタトゥーだが、それでも土偶は有力な手がかりになるのではないだろうか。

 私見になるが、土偶は、「トーテム-人(トーテムの化身態としての人)像」だ。身体の一部が欠けていたり、強いデフォルメを受けていたりすることがあるのは、よりトーテム像に寄せて身体像を思い浮かべるからだ。そこで、縄文でも終わりに近づくほど、土偶も人らしさが出てくることになる。

 土偶の模様は、そのままタトゥーの紋様とは言い切れない。けれど、琉球弧のハジチとトーテムとの関係を参照すれば、タトゥーとして見ていい紋様は解いていけるのではないかと思える。

 もし、土偶のない琉球弧でハジチが途絶えていたら、その紋様を復原することはできただろうか。そう問うと、そのハードルは極めて高いと言わなければならない。けれど、ハジチがなくてもトーテムは分かる。そして、ハジチと類似する貝や石器の「製品」もある。何より、トーテムである動植物や自然物は分かる。そして民俗。それらの複合のなかから接近していけば、ある程度の復元の可能性はある。タトゥーはタトゥーとしてだけ存在しているのではなく、トーテムや自然と分かちがたくつながっているから、人身体像にも接近していけるということだ。

 本州弧には、途絶えたタトゥーの引き換えのように、土偶が残されている。土偶の示すトーテムとそこでの世界観が分かるということが、縄文のタトゥーの図像の復元への通路だと思う。北海道へ行けば、アイヌという手がかりもある。

 「タトゥーや文様を未来に開かれたものにしていきたい」という本書のモチーフはぼくも共有するから、いずれ琉球弧の方からの応答をしたいと思う。

 

ケロッピー前田『縄文時代にタトゥーはあったのか』

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2019/12/31

蝶の人

 風の小学校のいちばん奥の教室で、彼女はみんなが来るのを待っている。理科室だったかな、実験台に座ってね。

 お披露目したくてうずうずしているんだ。なにしろ、蝶の人になったのだから。カミになったと言ってもいい。その手は間違いなく、ハジチ(Japonesian Ryukyu tribal tattoo)をしているはずだよ。

 南の果ての美事なカタブイの空を背に、生命力あふれる花や木々を彼女は見ている。見ているというより、そのなかにいるんだ。

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 「やんばるアートフェスティバル」に展示されている仲程長治の「黄金陰翳 クガニインエイ」のすごさは、簡単には言えない。

 野生の精神史でいえば、これはイザイホーを終えた久高島の女性や、顔面付き釣り手形と呼ばれる土器の出土した、茅野の御殿場遺跡「第11,12号住居跡」と「同じ」だ。もっと言えば、人があの世へ行き、またこの世に戻ってくるという時の進みを、「蝶人になる」という心身の変容で思考したこころの位相を捉えている。

 と、そんな風に、ぼくには響いた。

 

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2019/12/30

年の瀬のリュウキュウウマノスズクサ

 渡久地さんに道々を案内していただきながら、リュウキュウウマノスズクサを探す本部道中。運がよければ開花を見られるころと当てにして。

 はじめ塩川に寄る。それとおぼしき蔓草があるが、確信が持てない。 Dscn5860

 川を渡すオオハマボウの立派なこと。

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気を取り直して、アドバイスのあった嘉津宇岳へ。

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 アドバイス通り、登山広場での脇でリュウキュウウマノスズクサが見つかる。ただし、花や蕾は見当たらない。

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 樹木を覗けば貝塚でもおなじみのキセルガイ。ただ、古我地原貝塚や北原貝塚、荻堂貝塚といった植物トーテムの貝塚で重要なツヤギセルではなさそう。

 気をよくして、地元の小学生たちの一行にまぎれながら、登山道を登ってみる。

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 緑きれいなアオミオカタニシ。備瀬貝塚や浜屋原貝塚で出ている。地元の貝なんだなあと感じ入る。

 ヒカゲヘゴ、クワズイモ、ボチョウジ、見事な植物はあまたあるのに、お目当てのものには出会えない。山頂は魅力的だが、それが目的ではないからと下ることに。もういちど登山広場の脇を丁寧にたどってみて、いくつかリュウキュウウマノスズクサを見つけるが、花はつけていない。下り道も渡久地さんはゆっくり進んでくれ、脇の植物をつぶさに見ていくが、蔓草も見当たらない。なかなか出会えないという事前情報は本当なのかもしれない。

 ただ、蔓草は出会えたのだから、それでよしとしよう。

 もうひとつその地に立って見たかったのはアンチの上貝塚だ。ご多分に漏れず、ここにしても埋め戻されているわけだから、なにがあるわけでもないのだが、アンチの上は、ヤドカリ・トーテムの貝塚で全面発掘されて充分なデータが揃っている点でとても貴重なのだ。

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 瀬底大橋のたもと付近。われらがアマムにもご挨拶。報告書にある通り、北風が強い。この風と海流の強さも肌で感じたかったことのひとつだった。

 熱帯生物圏研究センターに知人を訪ねるも不在だったので、島の東南沿いを辿る道すがらだった。ここへ来ても、目は道沿いの植物に向かっている。渡久地さんが、あれはそうじゃないかなとおっしゃる。

 リュウキュウウマノスズクサ。で、ついに蕾と花に遭遇。嬉しさあまって何枚も撮った。

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 小さな花と知っていたが、本当に小さい。大きな葉に隠れているので、注意していないと気づかないだろう。それでもこのいでたち。気づいたら、もう眼を離せない小さな太陽だ。

 よく「林縁」に生えているとあるが、見つけたのは海岸沿いの道でしかも海岸側の植生のなかにあった。12月27日。開花はこれからが多く見られるのだと思う。次はこれを植物トーテムとした奄美大島で見てみたい。渡久地さん、本当にありがとうございました。

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2019/12/24

貝読ひと段落

 ここ2年は、琉球弧の考古学資料を漁り、貝読に費やしてきた。遺物の貝はトーテムと人の足跡を語るから、その解読を行ってきたということだ。

 今年はその手応えをもとに、半年余りかけて「トーテムとメタモルフォーゼ」のおしゃべりを展開することになった。少数だけれど、聞きたい人に伝えるために、これまでの目安の確度を高めるべく追い詰めたわけだが、それがいい負荷になって、手応えを強めることができた。9月には水俣のみなさんに、水俣(九州西部)の縄文中期から後期にかけてのトーテムをお伝えすることもできたのも嬉しい。

 「トーテムとメタモルフォーゼ」のおしゃべりを終えたあと、師走に入って勢いで本土のトーテムを見てみると、同じ視点を使えば読み取れるのに改めて驚いている。本土のことも手がけるつもりはないけれど、ことは琉球弧に限らない、むしろ人類的だという確信は深まった。

 来年は、先史人に視線を同化したときに見えてくるものをお披露目するところへ向かう。見えてきたチャーミングな世界を分かち合えますように。

 

 

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2019/11/24

「トーテムとメタモルフォーゼ」第7回:ハジチ 霊魂のファッション

 「トーテムとメタモルフォーゼ」の第7回、最終回は「ハジチ(Japonesian Ryukyu Tribal Tattoo)」がテーマ(野生会議99「トーテムとメタモルフォーゼ」)。

 お披露目できるのは、まず、各島の紋様の意味をトーテムから明示すること。ハジチは植物トーテムの段階で発生しているから、それはトーテム植物と、その植物に密接にかかわる蝶を明らかにすることでもある。この探究の過程でもうひとつのことに気づいた。それは、各島のハジチ・デザインは位相を持つということだ。植物トーテムのどの段階でその島のハジチが発生したのか、そのデザインが語る。これは、ハジチのデザイン定着の位相と言っても同じだが、簡単には紋様を変えないとすれば、発生の記憶を宿していると見なしてもいい。

 そして、そこで発生した祭儀を仮説する。ハジチの発生は、霊魂の発生段階に起きるが、その前に、「あの世」が発生していた。「霊魂」を考え出した人々は、「この世」と分離した「あの世」とをつなぐことを重視したのだ。

 時間があれば、その先、霊魂の定着したサンゴ礁トーテムにも入っていきたい。そこで、ハジチだけではなく、人々が身に着けたものについても言及できる。

 取り上げるのは、考古学で「蝶形骨器」と「獣形貝製品」と呼ばれているものだ。「蝶形骨器」は「蝶」だということが明らかにされているが、当日は蝶の種類もお伝えする。「獣形貝製品」についても、同じことをしたい。

 ハジチの向こうにどんな自然や世界を見ていたのか。ハジチとともにどんな祭儀が生み出されたのか。ハジチ以外に、どんな装いをしたのか。ハジチは単独で存在していたのではないから、それらの世界の広がりのなかにハジチを浮かび上がらせることになる。      

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 最終回は総集編的でもあるが、これまでの回を聞いてなくても、充分に楽しめると思うので、お時間の許す方は、大岡山までおいでくださると嬉しい。

 

【場所】タンディガタンディ(東京都大田区北千束1-52-6-2F./ 大岡山駅から徒歩2分)

【日時】第7回:11月30日(土)15:00~(今回はいつもよりはやい15時スタートです)

【参加費】1000円、懇親会:1000円

 

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2019/10/14

「トーテムとメタモルフォーゼ」第6回:ヘビとトカゲと生の反復

 昔は死ななかったという話者に、ニコライ・ネフスキーは「どういう様子で当時若返ったものか」と尋ねる。話者はそれに、「蛇の様に皮を脱いだものだ」(『月と不死』)と答えるのだが、不死は、言う通りヘビ・トーテムの段階にまで遡る。

 次回の「トーテムとメタモルフォーゼ」は、ヘビ・トーテムから始める。トーテムも遡ればさかのぼるほどデータは減るので分からないことも多いが、やってみると意外と引き出せることがあるのに気づく。とくにシャコガイ以降、女性になったトーテムの性がどう考えられていたのか。それは予想通りではあるけれど、そのありようの対称性は美しくすらある。性のあり方について、目指すべきはヘビ段階とすら思えてくる。

 そのうえ今回は、このヘビ・トーテムがどこまで遡れるかを見ていくことになる。港川人や白保竿根田原遺跡など、旧石器と言われる時代の遺跡も扱う。

 これまでヘビがトカゲになるのはなぜなのか、よく分からなかった。心の底からとは言えないまでも、ある一定の理解はお伝えできそうだ。トカゲは、ヘビと同じく「死」を認識しない「不死」の段階にある。それなら、ヘビとの違いは何なのか。

 トカゲの後半には「卵」が重要になる。「卵」にはどういう視線が注がれていたのか。トカゲはなぜシャコガイ・トーテムへとメタモルフォーゼしなければならなかったのか。ここまで来て、ヘビからシャコガイまでの流れがひとつながりに見えてくる。それは「卵」の位相の変化と言ってもいい。

 10月26日16時、大岡山でやります。

 つながるゼミナール④ 「トーテムとメタモルフォーゼ(サンゴ礁の夢の時間)」喜山荘一
 第6回のご案内「ヘビとトカゲと生の反復」

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2019/09/15

「トーテムとメタモルフォーゼ」第5回:ヤドカリ人の抵抗とアマミキヨの出現

 月に一回の告知板みたいになってしまっているが、「トーテムとメタモルフォーゼ」の第5回分も資料が整ってきた。おおかかに何をお話しするか、書いておく。

「野生会議99 つながるゼミナール④ 「トーテムとメタモルフォーゼ(サンゴ礁の夢の時間)」

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 まず、瀬底島の「アンチの上貝塚」から入る。ここは、最初のヤドカリ・トーテムの貝塚として重要だ。重要だというのは、全面発掘されて詳細が知れるという点で、「具志川島の岩立遺跡西区」と並んでたった二つの貝塚・遺跡のひとつだということも含まれる。人の異動はもとより、可能な限り彼らのこころに肉迫する。それは、よく知られた「兄妹始祖神話」の意味を明かす。

 ・カニからヤドカリトーテムがなるというのはどういうことか。

 ・「兄妹始祖神話」は何を語っているのか。

 ・彼らは、ヤドカリとして訪れた危機にどう抵抗し、乗り越えようとしたのか。

 こうした足跡をたどって舞台を奄美大島に移す。実は、奄美は沖縄島よりもはやくヤドカリ段階へ移行している。奄美では、いまのところ、ミナミオカガニ、スナガニまでの貝塚は見つかっているが、それ以降がない。つまり、沖縄島周辺がシオマネキに移行した頃に、奄美はヤドカリになる。これがなぜかは具体的には分からないが、その後の推移はおおよそ追える。

 面白いのは、沖縄島周辺でカニ最後のオウギガニの段階で、奄美ではサンゴヤドカリの段階に移ることだ。どちらもイノー(礁池)に普遍的なカニとヤドカリで、トーテムは異なるけれど、培った思考は共通していた。「胞衣」の発見だ。

 ここから、トーテムはオカヤドカリへと移行する。最初はナキオカヤドカリだと思う。なぜオカヤドカリという陸のヤドカリに移行するのか分からなかったが、今回の発表準備でようやく解けてきた。それを笠利の安良川遺跡から読み解いていく。

 そして、今回で参加を最後に、奄美大島に帰島する方がいるので、その方の出身地の小湊フワガネク遺跡にフォーカスする予定。

 ・兼久式土器の表すもの

 にも触れて、「日本書紀」に記されることにあった「海見」の意味を経て、アマミキヨの出現まで辿る。

 今回も重厚になってしまったが、ながい「アマン世」のお話し。よろしければ、足をお運びください。

【場所】大岡山タンディガタンディ (東京都大田区北千束1-52-6-2F./ 大岡山駅から徒歩2分)
【日時】9月21日(土)16:00~
【参加費】1000円、懇親会:1000円(持ち込み歓迎)

 

 

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2019/08/06

「トーテムとメタモルフォーゼ」第4回:カニの切断と浜降りの発生

 「野生会議99」のつながるゼミナール、「トーテムとメタモルフォーゼ」の第4回はカニ・トーテム。

 カニ・トーテムは、サンゴ礁トーテムを「母」とし、自らは「子」トーテムに転移する。そこに何があったのか。なぜ、そうしなければならなかったのか。そのこころに迫る。それは、現在まで続く「をなり神信仰」の発端となったものだった。

 カニ・トーテムでは、残された習俗に直接つながるものも見えてくる。「浜降り」はその代表的なものだ。奄美大島の平瀬マンカイとショッチョガマの原像もここで立ち現れてくる。

 ミナミオカガニ、スナガニ、シオマネキ、オウギガニと続くトーテムの推移のなかで、トーテム人が掴んでいった人間理解の深化はどのようなものだったのか。その道すがらで、考古学が「貝交易」と呼ぶものは島人にとっては何だったのか。そこから何が見えてくるのか。触れていくことになる。

 暑いさなかですが、ご都合つきましたら足をお運びいただけると嬉しいです。

 第4回「カニの切断と浜降りの発生」(野生会議99)

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2019/06/30

「トーテムとメタモルフォーゼ」第3回:苧麻・琉球芭蕉・アダンからサンゴ礁へ

  白熱してしゃべってしまった2回目の振り返りを、「野生会議99」の「あとのまつり」に書いた(「蝶になる時とイザイホーの原像」喜山荘一(第2回『トーテムとメタモルフォーゼ』・野生会議99企画つながるゼミナール④))。

 考えることを続けていると、発表の終わった後に気づくこともある。

 

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 具志川島岩立遺跡西区5Bの端にある「焼土3」は、「スデル(メタモルフォーゼ)場」だが、当日はこれを「ノカラムシの葉」と説明したものの、もしかしたらアカタテハの幼虫の食痕かもしれない。ここには貝が置かれていないので、何人のスデルが思考されたのか、不明だが、スデル場なのは間違いない。ただ、「葉」の形にしては雑なのが気になっていたが、別の貝塚で幼虫の食痕とはっきり分かる場を見つけた。もっともそこは「この世に現れる場」なのだが、「スデル場」にあっても不思議はない。

 次回、食痕と分かる貝塚には触れることができるが、それを含めて、2回目で説明した「植物トーテム―蝶」以外の対を挙げてゆく。その数は十前後になる。ただ、それでも貝塚で分かった範囲だから、琉球弧全体でみれば、さらにあるのは間違いない。気になる植物も蝶もまだまだあるのだ。

 考えてみれば、植物トーテムと蝶の結びつきがあるのは自然なことだ。蝶は、植物で育つのだから。

 そして次には「サンゴ礁トーテム」に入る。シャコガイ・トーテムで時空の起点を意識化したトーテム人は、時間のベクトルを意識化して植物人となり、その空間的な媒介として「あの世」を、時間的な媒介として「霊魂」を思考する。その次にくる「サンゴ礁トーテム」は、空間的な広がりを持つ場の意識化のことかもしれない。

 島人気質に決定的な影響を持ったサンゴ礁トーテムはどう考えられたのか、そのあまりにもダイレクトなさまを次回はお披露目できると思う。サンゴ礁に見とれることを始めた島人の物語だ。

 つながるゼミナール④ 「トーテムとメタモルフォーゼ(サンゴ礁の夢の時間)」第3回「苧麻・琉球芭蕉・アダンからサンゴ礁へ」

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2019/06/16

「トーテムとメタモルフォーゼ」第2回:蝶になる時とイザイホーの原像

 「トーテムとメタモルフォーゼ」(「野生会議99」つながるゼミナール)の第二回は、植物トーテムを扱う。なかでも、具志川島岩立遺跡西区にフォーカスすることになる。

 貝塚からトーテムだけではなく、貝塚を築いた集団の人数やその異動を割り出すには、詳細な貝のデータが必要だが、岩立遺跡西区は、それを得られる数少ない貝塚だからだ。ただ、充分というわけにはいかない。工事により削り取られた面があるし、発掘面が限られた層もあり、詳細化されていない場もある。

 しかし、いくつかの制約はあるものの、現状これ以上のデータを望める報告書は、ここ以外では「アンチの上貝塚」しかないから、貴重なのだ。

 具志川島の岩立遺跡西区から、植物トーテムの段階での、「あの世」と「霊魂」の発生を追う。なぜ植物トーテムのときなのか。植物を通じて、「あの世」はどう思考されたのか。同じく、「霊魂」はどんな植物を媒介にどのように考えられたのか。

 驚くことに、言い伝えに色濃い「蝶」をそこでは目撃することになる。イベントまで、あと一週間あるので、もう少し詰めていくつもりだ。

【場所】大岡山タンディガタンディ (東京都大田区北千束1-52-6-2F./ 大岡山駅から徒歩2分)
【日時】6月22日(土)16:00~
【参加費】1000円、懇親会:1000円(持ち込み歓迎)

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2019/06/02

『子どもではなく類縁関係をつくろう』(ダナ・ハラウェイ)の装丁図

 この本("Staying with the trouble")の装丁に目が行く。手と骨盤と背骨と思しき人骨が組み合されていて、糸巻きのぐるぐるで節がつくられている。そして上に乗せられているのは「蝶」だ。

Staying With the Trouble: Making Kin in the Chthulucene (Experimental Futures: Technologocal Lives, Scientific Arts, Anthropological Voices)

 これはぼくたちが貝塚のなかに目を凝らして見ようとしているものに似ている。もっとも、貝塚の場合、人骨は稀で、琉球弧では貝が主役を張る。「蝶」が象られた「製品」もあるが、稀なことだ。そして、装丁のなかでも人でないものが想像されているけれど、貝塚で表現されているのはトーテムだ。

 しかし、祖先とみなした特定の動植物や自然物が描かれているというだけではない。貝や土器や石器や、稀に人骨を含めて象られているのはトーテムなのだが、それは同時に貝塚を形成した人集団のひとりひとりを指している。それはトーテムであり、人なのだ。トーテム(霊)とつながるトーテム人である。

 貝塚人は、トーテムと類縁を感じる貝を食べる。貝はそのとき食べた人へとメタモルフォーゼする。だから、貝は人の元の姿である。貝は、人の分身だ。貝塚には、人、ではなく、主に貝が置かれる。人の元の姿は貝であり、その貝もまたトーテムへと還る存在である。ここには、人―貝―トーテムという関係がある。人とトーテムを結ぶ中間に貝があるから、貝塚に貝を置くことで、常にトーテムとつながることができる。それが貝塚の思考だと思える。

 人はトーテムの化身(メタモルフォーゼ)態だが、その中間には貝(や動物骨や石器、土器等)があるから、トーテム人は、人の向こうにトーテム霊を見るとはいえ、その手前に、貝で構成された身体を見ている(たとえば、カンギクは、チンシガイ(膝頭貝)と呼ばれる)。貝身体としての人だ。それが、ハジチ(ヤポネシアン・リュウキュウ・トライバル・タトゥー)でもある。貝塚に目を凝らしていると、どうもそのように考えられているように見えてくる。

 ダナ・ハラウェイの作品をまだ読んでいないが、「サイボーグ」や「伴侶種」は、ここでいう貝身体や分身というメタモルフォーゼ思考に近しいものを感じる。「子どもではなく類縁関係をつくろう」という宣言にしても、そもそもトーテムが類縁関係のなかで見出されているものだし、そこに「子ども」は排除されているのではなく、類縁関係の環のなかに「子ども」も入っている。

 「堆肥体」も分かる気がするが、「土」とともにあるだけではなく「石」でもあるから、メタモルフォーゼ思考のなかでいえば、やはりメタモルフォーゼ(化身)態と呼ぶものに近しさがある。

ところで、ラステンが朝食の席で発案したひとつのジョークなんですけどね、僕たちにあるのは人間性(human-ities)ではなく、腐植性(humus-ities)だね、って。(子どもではなく類縁関係をつくろう──サイボーグ、伴侶種、堆肥体、クトゥルー新世|ダナ・ハラウェイが次なる千年紀に向けて語る 」

 

 「人間性」の向こうの「腐植性」への着目は、「死の起源」以前へと視線を向かわせる。メタモルフォーゼ思考のなかでは、「腐植」もまたメタモルフォーゼ(脱皮、変態、スデル)の一過程のなかにある。

 何かここに近しきものがあるという感触がやってくる。

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2019/06/01

「トーテム-メタモルフォーゼ仮説の全体観とシャコガイからの出現」を終えて

 少し過ぎてしまったが、「トーテムとメタモルフォーゼ」の第一回を終えた(5/25)。

 当日は、トーテムとメタモルフォーゼ仮説の全体観、その法則性のようなものを話してから、シャコガイ段階に入った。宝島大池遺跡の遺構にはシャコガイが記されているので、その観方が入り口になる。

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 ただ、大池遺跡は、遺物の詳細が報告されていないので、部分的には分かる多良間島添道遺跡で、これが人を示すこと、きれいに分配されていることをお伝えした。同様のことは、宮古島の長墓遺跡6層でも行える。

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 ここでは、分配された貝によってその人が示されていることに興味を持ってもらえたのにほっとする。資料を拵えながら、シャコガイからの化身が、二枚貝はシャコガイの殻の基体、巻貝は放射肋の化身態であるのが分かったのは収穫だった。

 また、蝶、人、蛙の関係から、メタモルフォーゼ思考の考え方にも触れることができた。

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 「食べる-食べられる」関係は、弱肉強食でも食物連鎖でもなく、メタモルフォーゼという関係で結ばれる。この三者関係は、三すくみと言われたりするが、それぞれは身動きが取れないのではなく、元の姿へ戻りながらやがてシャコガイ・トーテムへ還るものとして捉えられていたのだ。

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(当日、説明に使ってヒメジャコ、キクザル、そしてトーテムの主、トガリシラナミの幼体)

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