2018/07/20

喜界島荒木貝塚の貝類

 喜界島荒木貝塚の貝類。

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 マガキガイが出ないのは他の貝塚と似ていないが、カワラガイを1位とし、カニモリ類が続く構成は苧麻段階だと言える。伊礼原E遺跡とは似ている。

 「サンゴ礫」が印象的であるとともに、「植物の根」は苧麻を想定させる。

 荒木貝塚は、人工遺物が出土していないことから、自然貝層の可能性を持つが、黒住は人為的なものと判断している。「海岸の貝を中心とした砂を敷き,その上に大量の化石由来のカワラガイを選択的に持ち込み,集積させたものというもの」。

 また、「カワラガイ貝塚の意味するところは,全くの不明であり,単なる想像でしかないが,隣接する「ムヤー/モヤ」と呼ばれる風葬の行われた“聖なる場所”との関連もあるのかもしれない」としているが、この貝塚があの世に位置するものだったのかもしれない。

 1点の出土だが、ユリヤガイの緑が印象的だ。

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2018/07/19

具志原貝塚の「ヤコウガイ製匙状製品」

 伊江島の具志原貝塚からも「ヤコウガイ製匙状製品」が出土している。

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 報告書では、3点は、「柄部あるいは身部のみの破損品である」としている。ぼくたちは具志原貝塚は、コモンヤドカリ段階と見なしている。コモンヤドカリ期に「胞衣」の思考があるのは奄美に限らないということができる。

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2018/07/18

犬田布貝塚の「貝匙」

 徳之島犬田布貝塚からもヤコウガイ製の「貝匙」が出土している。

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 報告書では、真珠層のみ残したもの、外皮を残し縁辺に丸みを持つもの、加工跡が観察できないものに分類している。分布は次のようになる。

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(『犬田布貝塚』より作成)

 ぼくたちは、3層をミナミオカガニ段階と見なしている。外皮を残し、加工跡も認められないものが多いのは頷きやすい。蟹の腹節だと見なせるからだ。

 どうやら、サンゴ礁トーテムのあと、カニからヤドカリにいたって、胞衣の思考は育まれていったようだ。

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2018/07/17

宇佐浜B貝塚の「ヤコウガイ製匙(未製品)」

 宇佐浜B貝塚からは、「ヤコウガイ製匙(未製品)」が出土している。平均9.1~11.5cmの「略長方形」で深さはそれほどない。研磨はない。下図のいちばん上の小さなものだけが研磨を施されているが、どの層からのものかは報告書に記載がない。「柄の部分の破片」と見なされている。

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 これらは3層から1層にかけて出土している(1層:18、2層:3、3層:1)。ぼくたちは3層をオウギガニ段階とみなしているから、それを起点に考えてみる。ヤコウガイは、蓋が女性性、殻が男性性と捉えられるはずだが、この場合、殻を割っている。また、その形状は鋏には見えない。むしろ、蟹の腹節に見える。

 すると、殻の匙状の形態は胞衣ではないかという想定に導かれる。

 シヌグ堂、清水貝塚からも同種のものは出土しているというから、近いうちに確かめてみたい。

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2018/07/16

北原貝塚の貝類とヤコウガイ

 久米島の北原貝塚は、土器からは大当原期とされているが、貝類からもオウギガニ段階と判断できる。

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(「北原貝塚」より作成)

 オキナワヤマタカマイマイに見ているのは、カノコオウギガニではないだろうか。

 北原貝塚からは、「杓子状」とされるヤコウガイが出土している。

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 この割り取りは、オウギガニ段階の表現である「胞衣」を示している。それは、奄美大島北部のヤコウガイとも同期している。

 ヤコウガイが大和に運ばれたとすれば、このとき琉球弧は、「胞衣」をプレゼントしたことになる。サンゴ礁製の地母神概念である。

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2018/07/15

「沖永良部島のゴホウラ貝輪未製品資料」(新里貴之)

 沖永良部島の西原海岸で貝輪につながるゴホウラが採集されている。

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 「外唇部や結節部をほとんど残した状態で、ほぼ全面に研磨加工を施すという状況は珍しい」として、新里は「ここまで手間をかけて加工し、かつ十分に背面貝輪になり得るものを廃棄するとは考えにくい」としている。

 こういう研磨状態のものもあるなら、なおのことこれは女性の分身を指しているのだと思う。女性シャーマンのなかでも長の地位にあった人のものなのかもしれない。

 奄美でのゴホウラの「完形品」は、「現在のところ墓出土のものに限定されている」。トーテムと人自身の中間にこの貝はあるということだ。

 三宅宗悦は、喜念原始墓の数十点の貝輪のなかから、その一点がゴホウラではないかと見抜いた。これがゴホウラの貝輪に気づかれた嚆矢となる。この前に、三宅は奄美大島で針突きの模写をしているはずだが、三宅は島をまたいで形を変えて”同じ”ものを見ていたのだ。

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2018/07/14

用見崎遺跡のヤコウガイ

 奄美大島の用見崎遺跡から出土したヤコウガイは、「破損」形態について、次のように類型化されている。

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(「考古学研究室報告 第33集」)

 ヤコウガイは、ヤドカリの化身貝であり、とくに腹部を示すものだから、上の類型はヤドカリの大きさを示すものだ。左が成体であり、右へいくほど幼体ということになる。

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 A:殻長18.0cm以上
 B:殻長15.0~17.9cm
 C:殻長14.9cm以下

 Ⅰ類型でもCの構成比が高いということは、大きさは幅をもって捉えられていたことを示すように見える。


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2018/07/13

スセン當式と兼久式の地母神

 奄美の貝塚時代後期は、阿波連浦下層式の次に沈線文脚台系になったとされている。トーテムからいえば、これはツノメガニからコモンヤドカリ段階になったことを意味する。

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(宇宿港)

 つまり、沈線文脚台系の形態は、アカジャンガー式に先んじてヤドカリを表現したものだ。この宇宿港の土器のシルエットにしても、蟹に比べて長いヤドカリの腹部がよく捉えられている。

 新里貴之は、沈線文脚台系の後半期にスセン當式を設定している。これは底部が中空脚台になる。ぼくが目を見張るのは、同時期の沖縄が大当原期になることだ。

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(新里貴之「南西諸島の土器と成川式土器」)

 大当原期のトーテムはオウギガニに当たる。オウギガニが他の蟹と比べて特異なのは、サンゴ礁を胞衣とみなす地母神観念がはっきりしてくることだ。この概念はとても重要で、オウギガニ段階を通過しなかった奄美でも、地母神観念は育ったはずなのだが、それはいつなのかが分からなかった。

 けれど、このスセン當式こそはそれを示すのではないだろうか。底部の中空は胞衣を示すのだ。

 スセン當式は、「口縁部と胴部の境界を屈曲させるものが多」いが、これはヤドカリの胴部と腹部の境界を示す。また、「口縁部帯に断面三角形のミミズ腫れ状の突帯を配置するものが目立」つが、このミミズ腫れの突帯とされているのは、腹肢ではないかと思える。

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(新里貴之「南西諸島の土器と成川式土器」)

 徳之島の天城遺跡からは、「スセン當式土器段階の中空脚内部に半球状の粘土塊を詰めて中実脚台とし、時期的に後続するくびれ平底土器様式「兼久式土器」甕の特徴である木葉痕を有する」資料が検出された。「胞衣」の中空を埋め、木葉に胞衣を託したものだ。

 そして、木葉痕の兼久式へと移行する。これは、アカジャンガーと同じくびれ平底と呼ばれるようになる。奄美の地母神概念は、コモンヤドカリのもとで思考されたのだ。

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2018/07/12

あやまる第2貝塚の貝類

 あやまる第2貝塚の貝類。

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 貝の構成からみて、コモンヤドカリ段階と考えられる。

 各層ともにヒメジャコが出ていない。サラサバテイラも定番ではない。指標になる貝は別にあるのだと思える。5層のフドロガイも、コモンヤドカリをよく示している。

 3~5層では兼久式土器が出土している。放射性炭素年代は、1100±130(6層)、940±150(4層)。この年代からいえば、ムラサキオカヤドカリ段階になるが、判断しにくい。オニノツノガイは6層で2%だが、3層では0.2%になる。ここにムラサキオカヤドカリへの移行を見ることができるのかもれいない。

 奄美については、土器がトーテムと対応していない。沈線文脚台でコモンヤドカリになるが、兼久式でもコモンヤドカリであり、同じ兼久式のなかでムラサキオカヤドカリに移行している。

 伊藤慎二は、「兼久式土器」は、とくに「アカジャンガー式土器」を明確に一線を画して区別することが困難と指摘している。また、後2期後半(9~10世紀)、奄美南部の遺跡は「赤土丘陵上」で確認される傾向がある。ここではヤコウガイの出土が少ない。

 ここでの底部に木葉圧痕があり、兼久式土器に含まれる。ただ、これまでのものとは相違点もあり、一方でフェンサ下層式との類似もある(鼎丈太郎「奄美群島における兼久式土器について」)。


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2018/07/11

「先史奄美のヤコウガイ消費」(木下尚子)

 「先史奄美のヤコウガイ消費」(木下尚子)をもとに、貝塚を整理してみる。

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 ムラサキオカヤドカリについては、備忘に追加した。

 これをみると、安良川遺跡にある7~8世紀に、ムラサキオカヤドカリ段階へ移行したことになる。

 土器は兼久式と一括しているなかで移行は起きている。もうひとつ不明なのは、兼久式の前段階の沈線文脚台系のときにコモンヤドカリ段階へ移行していると考えられることだ。

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 つまり、このように土器とトーテムがずれる。

 沈線文脚台系の最初期に位置づけられるサウチ遺跡は、貝類からみると、すでにコモンヤドカリ段階に入っていると思える。

 BⅡ区では貝の集積が見られる。報告書では、「殆どサラサバテイで、ホラガイ、ヤコウガイ、シャコガイ、アツソデガイなどが一・二個づつまざっているが、これらのなかには穿孔された特殊なものが見られる」(『サウチ遺跡』)としている。

 ナガラ原東貝塚に倣ってここでの意味を推理する。

 サラサバテイラ:女性
 ホラガイ、アツソデガイ:鋏
 ヤコウガイ:腹部
 シャコガイ:宿貝

 を示している。


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2018/07/09

サキタリ洞FS層のトーテム思考

 サキタリ洞のFS層。約11000~3000年前とされている。

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 他の蛇段階の貝類を当ててみても、ハブ段階(前1期)の貝類から逸脱していない。約10000年前はハブと見なしてよいかもしれない。

 ここでは、ハイガイをどう見るかにかかっている。貝殻は、下田原の外耳土器を思わせる。下田原土器がトカゲの口であるように、これは蛇の口と見なされたということではないだろうか。(cf.ハイガイ

 ハイガイは、ヘモグロビンの体液を持ち、開けば、蛇が口を開けているのと似ている。殻の形は蛇が獲物を飲み込んでいるときの形にも似ている。食べる、つまり、獲物が蛇にメタモルフォーゼしているときの姿だ。

 食べる-食べられる関係におけるメタモルフォーゼの思考が育まれている段階なのではないだろうか。

 ハイガイは、約1万年前の藪地洞穴でも優占している。かつ、ハイガイ、マガキが優占することは、縄文前期のヤマトとも類似している(黒住耐二「旧石器時代から縄文時代初期の貝類利用」)。

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2018/07/08

サキタリ洞Ⅱ層のトーテム

 約23000年から20000年前だとされるサキタリ洞Ⅱ層について、貝類からトーテムを推測してみる。

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(『サキタリ洞遺跡発掘調査概要報告書 3,4』より作成)

 トーテムは蛇から始まっていると想定されるから、どの蛇なのかにフォーカスする。

 シマワスレ、ウグイスガイ、クジャクガイ、チグサガイの色合いからして、これはオキナワハイと呼ばれる蛇なのではないだろうか。

 オキナワハイの横縞は、ヒザラガイやツノガイ、キヌカツギイモが選ばれる理由にもなっていると思える。

 釣り針とされている14mmの貝器もⅡ層下部から出土している。これはギンタカハマの底部を素材としていることも分かっている(山崎真治・藤田祐樹「世界最古の釣針-沖縄サキタリ洞の最新成果」)。

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 Ⅱ層からはモクズガニの爪も多く出ている。モクズガニは、暗褐色だが、似ると赤くなり鋏の毛とが赤と黒のコントラストをなす。身は黄色と白。この色変化は、ハイとの類似のポイントなのではないだろうか。

 それにしてもドリームタイムと呼ぶにふさわしい色鮮やかな世界だ。


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2018/07/07

具志堅貝塚の貝類

 本部の具志堅貝塚の貝。

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(『具志堅貝塚』より作成)

 出土が集中する52・53ラインのⅠ、Ⅱ区で集計した。具志堅貝塚は、オウギガニ段階を示す。興味深いのは、Ⅱ層のⅠ区とⅡ区とでは、貝類の構成に違いがみられることだ。西側のⅠ区ではイソハマグリ、チョウセンサザエの蓋が1,2位だが、規模が7倍になるⅡ区では、オキナワヤマタニシ、イソハマグリになる。

 ⅠⅡ区全体でみると、Ⅰ区(オキナワヤマタニシ41%、イソハマグリ21%)、Ⅱ区(サラサバテイラ16%、スダレハマグリ16%)となっている(報告書)。これは、オキナワヤマタニシとイソハマグリ、サラサバテイラとスダレハマグリでそれぞれオウギガニを示しているのではないだろうか。オキナワヤマタニシは、2体でサラサバテイラ1体と同等の意味を持つ。

 この二対以外の対も潜んでいるかもしれないが、これは母系の集団の単位を示すものかもしれない。

 下層(おそらく苧麻段階)からは、遺骨も出土している。ここがあの世との境界部であることを示している。

 また、具志堅にはシヌグ祭がある。

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2018/07/06

ゴホウラ、イモガイと「をなり、えけり」

 アンチの上貝塚からは、イモガイの集積の他に、イモガイとゴホウラセットでの集積も検出されている。

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(「瀬底島・アンチの上貝塚」)

 覆っているゴホウラを取り除いていくと、その下に2点のアンボンクロザメと1点のアツソデガイが顔を出す。アツソデガイは、ゴホウラに比べて小さい。

 推理してみると、2体のアンボンクロザメとアツソデガイは兄弟姉妹。そのうえのゴホウラは、姉や母、叔母などの母系の系列を示しているのではないだろうか。

 1体のゴホウラは孔が開けられておらず、外唇が取られている。これは、アツソデガイと直接の姉妹ではない、成人儀礼前の従妹を指すのではないだろうか。アンボンクロザメも大きさによって兄弟が示されている。

 


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2018/07/05

波照間島大泊浜の貝類

 下田原貝塚に隣接する小泊浜の貝類は、オウギガニからムラサキオカヤドカリへの移行を示している。

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 シャコガイ族の表現の高い10層はオウギガニ段階、サラサバテイラがヒメジャコを大きく上回り、礁斜面の表現が高まる9層がコモンヤドカリ段階、そして、ヒメジャコがサラサバテイラを上回る6層がムラサキオカヤドカリ段階だ。


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