2018/11/29

嘉門貝塚Bの位相 3

 データが不足しているが、嘉門貝塚Bのスデル場は、炉址のある最南部で検出された集積だと思える。

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 ここで、ゴホウラはカニの腹部、数が少しちがうアンボンクロザメは、左右で大きさの少しちがう鋏。そしてヒメジャコが胞衣を示すオウギガニだと考えられる。

 久米島の大原貝塚で、ゴホウラは鋏として思考されているが、ここでは腹部だ。ゴホウラはそれが可能な貝とみなされた。

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 北の方で見つかった、これまた情報の少ない埋葬遺構も示唆的だ。報告書では、埋葬された女性の右肩部と左腰部にヒメジャコが配されたと報告されている。このヒメジャコが「胞衣」を示している。伏臥なのもカニの姿勢である。

 をなり集団を分けるシンボリックな貝は見つからないが、ゴホウラはヘビガイ付着が4個、ヘビガイとアバタ状が2個あるので、2:1の割合で分かれていた。それを引き継ぐのが、リュウキュウサルボウとメンガイと想定することはできる。

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2018/11/27

名蔵貝塚の位相 4

 名蔵貝塚の3b層の5地点について、大代表的な化身貝をあげてみる。

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 これを見る限り、トーテムはやはりシオマネキだと考えられる。
 他の鋏を圧倒してセンインガイ選ばれる場合がある。センニンガイは、オスの鋏になるが、生物学的な雌雄では捉えられていないということだろうか。あるいは、個体数としてカウントされているが、殻頂なのかもしれない。

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2018/11/26

アンチの上貝塚の位相 19

 右鋏へのメタモルフォーゼを思考した小貝塚2について、割り当てられた貝の個数を見てみる。

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 カニの「鋏」は弱いが、「宿貝」より「胞衣」は大きい。ただ、ここでは貝の完形、殻頂、破片の差がつかないので、破片を半分の強度にしみてる。

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 これでも「胞衣」はいちばん強い。また、女性対男性では、女性は男性の5倍になる。ここでも、女性の霊力は男性の霊力に優るということが示されている。よく、考えられている。

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2018/11/25

アンチの上貝塚の位相 18

 アンチの上小貝塚2は、ヤドカリの右鋏へのメタモルフォーゼの場だ。貝やその他の遺物から、そこでの思考を捉えてみる。

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 女性19人と男性25人。シラナミはヤドカリの宿貝として女性11人に付与される。しかし、「破片」は、全員に割り当てられる。

 「胞衣」は、残りの女性8人に付与されている。アンチの上では、胞衣はカニが持つのだ。ただ、ヒレジャコの「破片」は女性全員に付与される。

 ヤドカリの腹部は、ニシキウズ科とサザエ科にわかれる。宿貝を付与された11人のうち、4人がニシキウズ科、7人がサザエ科。男性では、10人がニシキウズ科で3人がサザエ科になる。ただ、男性はすべて「破片」だ。これはイモガイ以外すべてに及ぶ。

 ヤドカリの鋏は、スイショウガイ科とアッキガイ科が、ニシキウズ腹部に対応し、オニコブシ科、オニノツノガイ科、イトマキボラ科がサザエ腹部に対応している。ただし、イトマキボラだけは両義的で、「破片」が女性ではカニ鋏だが、男性ではヤドカリのサザエ鋏になっている。

 タカラガイ科とホラガイ「破片」はカニ鋏だ。女性では、土器も鋏として当てられている。

 イモガイは男性。

 右鋏以外にも、宿貝、腹部のメタモルフォーゼの場では、ヤドカリの腹部は全体に及ばない。「左鋏」だけが、ヤドカリの腹部は全員に付与されている。左鋏はヤドカリのなかのヤドカリなのだ。

 ヤドカリへのメタモルフォーゼの場で、全体の半分弱をカニにして、強固に主張している。これは、をなり-えけりを軸にした母系社会継続への意志の現れだ。それにしても見事だ。

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2018/11/24

アンチの上貝塚の位相 17

 アンチの上貝塚の4つの場は、次のようになる。

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 「この世にいるわたしたち」の8482人は延べ人数になる。ここで、シミュレーションを行う。女性には、ヒレジャコの破片が1個、男性には、イモガイの完形、殻頂、破片のいずれかで合計3個が与えられる。

 女性:90人×1個(ヒレジャコ)×24回=2160(≒2144)
 男性:88人×3個(イモガイ)×24回=6336(≒6338)

 平均178人の集団が、24回のメタモルフォーゼ(スデル)儀礼を行った結果の延べ人数が8482人という数だ。

 「あの世に還るわたしたち」は776人だから、4世代余りが入れ替わったことになる。ここは、数百年は営まれた貝塚なのだ。

 それぞれの場で、ヤドカリとカニは次のように思考されている。

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 イモガイで完形や殻頂がある以外は、基本的に男性は「破片」が与えられるから、男性の数字は低く見積もらなければいないが、完形、殻頂に対する破片の重みが不明なので、単純に個数で計算したものだ。

 いくつか、アンチの上人の化身態の決まりをあげてみる。

 ・男性は、イモガイ。
 ・ヤドカリの腹部は、チョウセンサザエかサラサバテイラ。チョウセンサザエとサラサバテイラはふたつの「をなり集団」を表す。
 ・ヤドカリの腹部について、女性は完形か殻頂、男性は破片が与えられる。1人1個を基本として揺れがある。
 ・宿貝は、シラナミ。破片は男性にも付与される。
 ・男性の鋏のひとつはイモガイだが、もうひとつは他の巻貝の破片が付与される。

 カニ・トーテムのときと異なるのは、ヤドカリの腹部であるチョウセンサザエかサラサバテイラ、そしてシラナミの破片と、男性にも付与される貝は増えることだ。

 上の表で特異なのは、「この世にいるわたしたち」の胞衣や鋏が、「あの世に還るわたしたち」よりも強化されていることだ。苧麻トーテムの具志川島では、そうではなかった。これは、「この世にいるわたしたち」の霊力が強くなければならなかったことを示唆すると思える。

 全体としてもっと特異なのは、男性の数が少ないことだ。女性が90人なら、男性は99人程度いるはずだが、それより11人も少ない88人が想定される。これに符合するように、スデル場ではより男性は思考されている。

 アンチの上人は、スデルたびに男性生命の出現を願った。それが、ヤドカリの右鋏75個、左鋏117個に及ぶイモガイの集積になったのだと思える。このことは暗い連想を過らせる。「貝交易」と呼ばれる行為のなかで、礁斜面に生息するゴホウラを捕獲する際に男性が「あの世へ還るわたしたち」になっていtったことを、これは暗示しているのではないか、ということだ。

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2018/11/23

アンチの上貝塚の位相 16

 アンチの上貝塚について、さいど修正する。石器も土器も、結局遺物はすべてトーテムの化身態を示している。

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 こんどの試算によっても、男性人数が少ないのに変わりない。

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 ヤドカリの腹部は、チョウセンサザエとサラサバテイラによって示される。女性は、完形と殻頂。男性は破片だ。
 それぞれの男女は、をなり-えけり関係を示すと思える。

 

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2018/11/22

新城下原第二遺跡のトーテム段階 5

 Ⅵ層Ⅱ区のカニ・トーテム段階を測るために、鋏貝に着目してみる。

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 この6つの貝が軸になって、3対の鋏が構成できるようになっている。完形度というのは、想定される28人の女性に対して、それぞれ単独かつ完形でどれだけカバーしているかを見るためだ。

 カンギクは全員に完形で配られる。そして、イボウミニナ、ホウシュノタマと続く。このラインナップは、シオマネキ段階を想定させる。

 まだ分からないのは、カニの段階では、シオマネキの単独指名か、それともスナガニやオウギガニとの同時指名がありうるのかどうかということだ。

 大当原の土器も1点出土しているところから推測できるのは、メタモルフォーゼはオウギガニでなされているが、「この世に現れる」「いる」「還る」場は、シオマネキが主体になっていることだ。


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2018/11/21

新城下原第二遺跡のトーテム段階 4

 試行錯誤してきたが、新城下原第二遺跡のイモガイ集積の貝層は、コモンヤドカリを示している。

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(『新城下原第二遺跡』)

 集積1と2の貝は、コモンヤドカリの鋏を示している。
 
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 2倍近い数のある集積1が、左の鋏に当たっている。

 奄美のコモンヤドカリ段階でみられるタツナミガイが、川跡2で、2点出土している。海を赤く染めるのだ。


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2018/11/18

嘉門貝塚Bの位相 2

 嘉門貝塚Bに、再度アプローチしてみる。

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 ここでの貝集積は、オウギガニ段階のスデル場を示している。

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 男性が多めにメタモルフォーゼを思考されているが、「胞衣」も独立してある。

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 試算では、「この世にいるわたしたち」は、女性31人(ヒメジャコの左殻)、男性35人(石斧、石器、イモガイ)で計66人の集団だ。

 起点となるのは、上図でいえば左下隅に近接しているイモガイ集積(13)、ゴホウラ集積(6)、ヒメジャコ集積(7)、炉跡、である。をなり集団は、リュウキュウサルボウとその他で示されているように見える。


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2018/11/03

シヌグ堂遺跡の位相

 宮城島のシヌグ堂遺跡は、海辺の岩礁をトレースしている。トーテムの化身態である。

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 「礫床住居跡」とされているのは、スデル場のオカガニ表現だ。

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 55号と56号は、起点になるカニ表現。腹部と鋏である。

 この腹部と鋏は、をなり、えけり、ではなく、兄弟姉妹婚の禁止以降の半族の構成を示している。しかし、それぞれは出自を異にしているわけではなさそうだ。

 出自の違い、あるいは「をなり神」は、チョウセンサザとヤコウガイの対比で示されている。特にその蓋である。そしてヤコウガイの蓋はチョウセンサザエの蓋の一割に満たない。

 異なる人々を迎えれ、半族を形成する。それが初期母系社会の構成ではないだろうか。


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2018/10/30

安良川(アラゴー)遺跡の遺構 2

 安良川(アラゴー)遺跡の「ウニ集中部」は、宿貝のスデル場だ。そこには、女性9人、男性2人の貝が置かれている。たった97個の貝でも雄弁だ。

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 集団は、コシダカサザエをなりグループとシロインコをなりグループに分かれる。構造はおそらくアンチの上貝塚と同じだ。

 一体のシラナミは宿貝だ。一体のオニヒザラと多数のウニの棘も同じ意味を持つとみなしておく。

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 面白いことに、ムラサキオカヤドカリの段階でも、カニは忘れられていない。ヤドカリ段階は、カニを包含している。「胞衣」は奄美では、ヤドカリで思考されているのは分かっているから、カニ、ヤドカリどちらで考えられているかは保留する。 

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 貝類から推測する時間は、3世代から4世代になる。

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2018/10/29

下田原貝塚の位相

  下田原貝塚は全面の発掘ではないので、情報は限られる。

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(『下田原貝塚・大泊浜貝塚』)

 垣間見えるところから、思考を推理してみる。

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 第1地区に伸びる溝(計測された範囲で36m)は、キシノウエトカゲ・トーテムの胴部だ。その先にある貝塚は、頭部ではないだろうか。

 その下方、第2地区の炉跡は卵である。

 こうしてみたとき、下田原貝塚でも人数をシミュレーションすることができる。

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 ただし、ぼくたちの想定では、この段階で死はまだ発見されていないので、「還る」は、トーテム自身に戻る(あるいは、トーテムセンターに還る)ものと考えられていた、ということになる。

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2018/10/28

安良川(アラゴー)遺跡の遺構

 奄美大島笠利半島の安良川遺跡は、ムラサキオカヤドカリ段階にある。

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(『安良川遺跡』)

 この遺構のスデル場であるムラサキオカヤドカリ・トーテムを描いてみる。

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 土器や貝の分布が示すように、上図①~③は、空白になっているから、スデル場の一部であると考えられる。

 右上端の「ウニ土坑」は宿貝を示している。おそらく③を含めてだ。
 そこでは、32人の女性と2人の男性が貝とおびただしいウニの棘で表現されている。

 ②と「ミミガイ土坑」は腹部を示す。北端のピットは尾肢の表現かもしれない。

 ①は左の鋏だ。左右のピットが何を表しているのか定かではない。鋏の両端だろうか。

 そして、ヤコウガイのピットは右の鋏に当たる。この近くには、ムラサキオカヤドカリのピットもある。個体数は分からないが、「詰まった状態」と報告されている。

 チョウセンサザエの殻にヤドカリが入ったままで湯がかれたと考えられるピット。ヤドカリは湯がかれれば赤くなる。トーテム自身に火をかけることで示されているのは、右の鋏が太陽であることだ。左は女性性が強いから、右ということなのだと思う。

 安良川では、ヤコウガイは殻より蓋が多く検出されている。腹部ではなく、蓋が「太陽」を示すことがここにも記されている。


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2018/10/27

長浜金久第二遺跡の遺構

 長浜金久第二遺跡の遺構から、コモンヤドカリを浮かび上がらせてみる。

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 遺構はそれぞれヤドカリの部位に対応している。

 土坑B:尾脚
 住居跡:左鋏
 土坑A:右鋏
 炉跡:宿貝

 ヤドカリの頭部は、この画面で上部を向いているから、尾を曲がらせていることになる。

 宿貝は、「炉跡」として判断されている。コモンヤドカリ段階では、ここが太陽を生むのだ。
 

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2018/10/25

アンチの上貝塚の位相 15

 カリエラ四分制のようなケースを考えても、同様の貝塚構成にはなりえる。

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 しかし、心理的にはあまりピンと来ないと言うべきだろうか。

 アンチの上貝塚人たちは、兄弟姉妹関係を軸としながら、あの世へ還る際には、別のをなりグループの異性と共にいることを選んでいる。それは兄弟姉妹に対して夫婦という関係の強まりを反映したものかもしれない。

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