2016/12/10

「みみらく考」(松田修)

 松田修は、「みみらくの島」が、「死者に逢える島」に噛みついてる(「萬葉」75号1971)。

 死者に逢える伝説の島は、福江島に比擬されているけれどそれとは別の神秘的な島がイメージされているというに留まるのではないか、と。現実の福江島は、「それは決して、死者再見の聖なる島みみらくそのものではないのだ」。

 松田は山中耕作の文章を引いている。

しかしこの作者の「みみらくのしま」に関する地理的知識は、半島、岬といった地形をなしているいまの三井楽を、島あるいは山と誤ったものであり、さらに「いづことか音にのみきく」というような曖昧なものであった。

 これは、実際の「みみらくの島」が、遠隔化されたことにより、「半島」「岬」が境界部になったことを示している。「みみらくのしま」とは、かつての他界そのものに他ならない。

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2016/12/09

島尾ミホの刺青遊び

 琉球刺青を探究する道すがらでどうしても触れておきたいことがある。島尾ミホの「紅石」だ。

 仲良しのイサッグヮと二人で私は小川の底から粘土質のビンイシ(紅石)を拾い集め、それを平たい石の面に摺りろしては互いの顔に模様を画いて遊んでいました。

 白っぽいビンイシからは細かくて柔らかな練りおしろいが出来上がり、うす紅色のものは、雛祭りの時の紅餅に似たうす桃色の練り紅になりました。それらを紅差しの指につけ、相手の額や頬や頤などに思い思いの模様を画き、鼻のあたまにはひときわくっきりと紅の太い線を入れました。

 さわやかな音をたてて絶え間なく流れる小川を鏡代わりに自分の顔を写して見ても、きらきらと輝く日の光りの照り返しに妨げられて、はっきりとはわかりませんが、相手の顔を見ると、自分の顔もおよその見当がつきおかしくてたまらず、二人は笑いころげては洗い落とし、何遍も書き直しをくり返しながらふざけ合っていました。南洋の土人のお化粧はきっとこんなかもしれないと思いながら、そして顔だけでなく手首から指先にかけても、深い紺色のビンイシを使いハディキを真似て、星形や十文字、渦巻き、唐草などさまざまな模様を画きました。島の女の人が両手の手から指先までの甲に施した入墨をハディキ(針突き)というのですが、私の母の若い頃までは、化粧などすることのすくなかった島の娘たちはハディキを入れてその模様の複雑さを自慢しあっていたと聞かされました。母はまだ十五、六の娘の頃、友達がふくよかなその白い肌に美しい模様のハディキをしているのを見て羨ましくて仕方がなく、それを野蕃な習慣だという理由で親から許して貰えなかったのがとても悲しかったと話していました。

 もうハディキの習慣はなくなっていましたが、まだ歳をとった女の人の手の甲には、若い頃に競い合ったというその模様が色褪せて刻まれているのを見ることができました。でも子供たちのあいだではなおハディキ遊びが残っていて、蘇鉄の葉針を束ねてハディキを突く真似をしたり、ビンイシや花の汁などで模様を画いて遊んでいたのです。

 島尾ミホ八才、1927(昭和2)年のことだから、文身禁止令からは半世紀経っているが、奄美大島と同じように禁止令に応じるのが早かったと思われる加計呂麻島でも「歳をとった女の人の手の甲」に刺青を見ることができだ。それはこの三年後に、小原一夫が奄美大島から何点かの刺青模様を採取していることとも矛盾しない。

 ただ、早かったとはいえ禁止令に即座に応じたわけではなかったのは、ミホの母の友人たちがまだ刺青をしていることから窺える。数年後に小原が奄美大島から採取した刺青模様を持つ女性の最少年齢は68才だが、採取数を増やせば、もっと若い女性からも得られた可能性がある。あるいは、加計呂麻島は奄美大島よりも若干あとまで行われていたということかもしれない。

 少女ミホは紅石を擦って、顔や手に化粧を施す。彼女は、「南洋の土人のお化粧はきっとこんなかもしれない」と思う。たしかに、ミホは文字を書き、すでに習俗が失われかけているところにいるのだが、一方で老女の手には刺青を見ている。彼女はまだ「土人」の習俗と地続きの場所にいた。

 いや「ハディキ遊び」をすることでは、ミホはまだ「土人」習俗のなかにいると言ってもいい。刺青は文身禁止令後、ゆるやかに消滅していった。そう言うだけでは足りない。それはなお刺青遊びとして残存したと言うべきなのだ。

 「深い紺色」という色まできちんと捉えられていて、「紅石」は刺青をする前の少女たちが、ごっこ遊びを通じて自分の将来を反復させていた心映えをそのまま伝えているのではないだろうか。

 書くべき人は書くべきことを書いているものだ。琉球刺青を追う者にとってはかけがえのない文章であり、また島尾ミホが、文学的才にあふれた女性というだけではないことも伝えている。

 ※参照:「琉球文身」


『祭り裏』

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2016/12/08

トーテム・霊魂表現からみる琉球刺青の類型

 迷路にはまってしまいそうだが、徳之島刺青の尺骨頭部文様にもう少しこだわってみる。

Photo_2

 分からないのは、右手の尺骨頭部が、トーテムを表しているのか霊魂なのか、ということだ。

1.(貝:蝶=22)
Photo_4

2.(貝:貝=2) 
Photo_5

3.(蝶:貝=3)
Photo_6

4.(蝶:蝶=21)
Photo_7

 「蝶」だとしたら、左右の分布が異なるのは、はじめは〔1〕だったものがトーテムの意味が失われるにつれ〔4〕のタイプに置き換えられていったと考えることになる。

 これが妥当性を持つのは、〔1〕の右手が「蝶」に見えなくもないこと、そして〔4〕左が、手首内側の「蝶」文様の三角形から組み立てられているように見えることだ。

 一方、矛盾するのは、琉球弧全域で手の甲はトーテムを表しているのに、徳之島の場合、「蝶」系文様がもっとも多く、霊魂が描かれてることになってしまうことだ。

 三宅宗悦は「南島婦人の入墨」で、ドイツの鉄十字に似た文様を「米の花」、「その外部に入れられた正方形の線を桝形」と聞き取りしている。三宅が図解で挙げているのは、

3

 これに類する文様だが、ここには正方形はないので、言及しているのは、下図の文様のことだと思える。

2_2

 そうだとしたら、「花」も「枡」も「貝」に行きつき、トーテムを示していることになる。これまでのところ、針突き(刺青)についての名称は、原義と矛盾していなかった。この聞き取りもそうだとしたら、トーテムと解するのが妥当だということになる。

 こう解した場合の隘路は、あれだけ重視されている尺骨頭部の左右の意味が、徳之島でのみ失われていることになることだ。これを例外と見なさないとしたら、宮古島も場合も、両方トーテムと見なす考え方も出てくる。

 どう理解すればいいだろうか。

 視野を尺骨頭部だけではなく、手首内側を含めてみる。ここに至るとバリエーションがあるのがはっきりする。まず、手首内側の文様がある島と欠如している島だ。そして文様がある場合も、トーテム表現(貝)と霊魂表現(蝶)に分かれている。

 もっとも思考の内容が分かる与論島では、左が「後生の門」で右が「月」と呼ばれた。これは、左が貝かつニライカナイの入口であり、右が貝の生み出す月を意味している。宮古島の「ウマレバン」は「太陽」だと考えられる。こうしてみると、手首内側に関する限り、意味は幅がある。そうだとしたら、尺骨頭部のみ一義的に捉える必要はないのかもしれない。

 すると、徳之島の場合、尺骨頭部は左右ともトーテム、あるいは、「貝」とそれが生み出す「太陽」として刺青された。〔4〕の場合は、貝の形象を離れて、両方とも「太陽(月)」と見なされる。しかし同時に、〔1〕右が蝶に似ており、〔4〕左も「蝶」からデザインを採取しているように「蝶」も意識されている。

 また、これは特異な考え方ではなく、指の背は「蝶」の部品を使って「蛇」を表現しているのは、宮古島以外に共通している。

 宮古島の場合、これすべてトーテムだということになる。しかし、宮古、八重山が苧麻(ブー)を経由して霊魂を捉えていて、それが宮古島が「点と線」に執着した理由であり、霊魂表現が見られないわけではない理由になる。

 徳之島では、手首が一体として捉えられ、尺骨頭部はトーテム、その内側は霊魂として「蝶」を表現した。そして、尺骨頭部の左右でトーテムと霊魂を表現した場合、手首内側は優先度が落ちて文様が欠如する場合も出てきた。

 徳之島と宮古島で共通するのは、徳之島は三角文様を用いることで、宮古島は「点と線」を用いることで、霊魂表現が投影されていることだ。

 ここでの結論は下表になる。

2_4

 これをトーテムと霊魂の表現分布としてみると、下記の5類型が得られる。

3

 ここまできて琉球弧に共通するのは、左手尺骨頭部がトーテムの座であったということに集約される。これは、沖永良部島で、ここが「アマム骨」と呼ばれて、骨との関連が示唆されていることと共鳴する。骨は再生に関わる部位だからだ。

 この5類型はほんとはこれだけではなかったろう。全島(シマ)からデザインが採取されなかったのが惜しまれる。

 ※参照:琉球弧の「針突き(tattoo)」デザイン


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2016/12/07

徳之島刺青の尺骨頭部

 徳之島の刺青思考は、まだ追わなければならない。琉球弧であれだけ重視されている尺骨頭部左右のトーテムと霊魂の座は、徳之島でどう捉えられていたのか。

 まず、トーテムの座であり文様図形の基本になっているのが下図。貝を表すと考えられる。

4

 この他に出現するのは下記で、これを見ても多くのデザインを開発したのが分かる。

Photo

 これに対して右手の「霊魂」の座を象徴するのはこれだ。

4_2

 これは左手の尺骨頭部を再編した図形である。

 この右手のバリエーションは下記になる。

Photo_2

 問題は徳之島の場合、「貝」系が必ずしも左手に出現するとは限らず、「蝶」系(と仮にしておく)も必ずしも右手に出現するとは限らないことだ。煩をいとわず46例の分布を列記してみる。

1.(貝:蝶=22)
Photo_4

2.(貝:貝=2) 
Photo_5

3.(蝶:貝=3)
Photo_6

4.(蝶:蝶=21)
Photo_7

 つまり、正当的な配置になっている(貝:蝶)系は全体の半分弱に過ぎない。考えるべきは、21例ある(蝶:蝶)系だ。

 ここであれだけ霊魂思考を発揮して図形を考案してきた徳之島だから、デザインに溺れて配置はいい加減だったという理解は採らないでおく。

 するともっとも妥当な解釈は、琉球弧において「霊魂」概念が、「霊魂」と「霊力」の二重性から、マブイとして「霊魂」寄りに一本化されていく過程をこの分布は示していると理解することだ。すると、(貝:蝶)という正当な配置から、(蝶:蝶)という傾向を生み出したと受け止めることができる。

 そして琉球弧の「霊魂」概念が、すっきりした「霊魂」そのものではなく、「霊力」をまぶした死者概念にも近しくなることが、徳之島の「霊魂」図形がトーテムの再編としてデザイン化されていることと符合する。

 またそれは手の甲の基本要素である図形((蝶:貝)、(蝶:蝶)の左側)が、「花」系の名称で呼ばれるのも霊力と霊魂のアマルガムとしての霊魂を象徴しているのかもしれない。

 つまり、徳之島の霊魂思考は、霊力と霊魂が編まれた姿を捉えるところまでデザイン化を進めたと見なすのだ。 


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2016/12/06

「『母ぬ島』が蘇らせる野生の琉球美」(珊瑚礁の思考カフェ Vol.6)

 12/14(水)は、 写真家・仲程長治の写真集『母ぬ島』の刊行を記念して、仲程さんの写真を見ながら、写真の舞台である石垣島の魅力や、その撮り方を存分に語ってもらいます。

 『母ぬ島』はビジュアル・コンセプト・ブックとしても提示されているので、野生の琉球弧の美意識にも迫れたらなあと思っています。トーテムや神話、童名にも。

 そんな野生の思考に接近できるのも、仲程さんの写真が豊かだから。どんなお話しが聞けるか、ぼくも楽しみです。

 以下、ご案内です。

◇◆◇

 仲程長治の写真に出会ってから、自分の眼で島を見るのを止めた。もういっそそう言ってしまいたくなる魅力が、仲程さんの写真にはあります。『母ぬ島』は、石垣島の生き生きとした野生の美に満ちていて、島の自然は衰えているという見方が思い込みに過ぎないことを教えます。むしろ衰えているのは、わたしたちの見る眼なのかもしれません。

 今回の企画は、単に美しい作品を「見る」というだけではなく、仲程長治の眼差しが「何を捉えているか」、その本質に迫ります。


12月14日[水]19:00~21:00 [18:30開場]
参加料:1500円

千代田区西神田 2-4-1( 財 ) 東方学会新館 2F

主催:ユージンプランニング
予約・お問い合わせ:
ユージンプランニング(平日 10時~17時)

Tel 03-3239-1906 /Fax 03-3239-1907
E-mail manabiya@yujinplanning.com
*ご予約の際はお手数ですが、イベント名をご明記下さい。


仲程長治(なかほど・ちょうじ)

1959年石垣島生まれ。20代の頃より沖縄県内であらゆる分野のアートデザインを手がける。2008年より東京、沖縄、韓国、スイスにて写真展覧会を開催。2015-2016年、朝日新聞デジタル「&w」にて、フォトエッセイ「琉球グラデーション」を連載。

2017年公開予定の映画『カーラヌカン』(浜野安宏監督/Gackt主演)では、スチール並びに劇中写真の撮影を担当。現在は、琉球・沖縄の時代と世代をつなぐカルチャーマガジン『モモト』のアートディレクター、株式会社との専属写真家として活動中。公式サイト:http://choji-nakahodo.jp 


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『母ぬ島』


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2016/12/05

霊力と霊魂の図形

 刺青における「霊魂」は、次の3タイプで描かれている。

 宮古島では、トーテムと霊魂の座である尺骨頭部は同型だった。

Photo_3

 これをぼくたちは、「盥(タライ)」を起点にした「高膳(タカゼン)」への遷移として捉えてきた。「盥」の前に置けるのはシャコ貝である。

Photo_7

 奄美、沖縄で典型的なのは、貝と蝶の対をなす尺骨頭部文様だ。

Photo_4

 この場合、動物も図形も異なるので由来は明確だ。

 いま、ぼくたちはこれに加えて徳之島をまた別の系列として取り上げよう。ここでは、「徳之島流刺青」とはちがう視点で、尺骨頭部のトーテムと霊魂の座はあくまで重視されたと仮説してみる。

Photo_5

 この一見すると異なる図形は、左から右への遷移として理解することができる。

Photo_8

 つまり、徳之島では「霊魂」は、ある意味では「トーテム」と同じものと捉えていたことになる。しかし、これが宮古島の場合と違うのは、宮古の場合、「霊魂」はもうひとつのトーテム、言い換えればもうひとつの「霊力」と捉えられていることだ。

 これに対して徳之島の場合は、トーテムはいちど分解を受けて再編されている。だから、言うなら、「霊魂」とはトーテム(霊力)が再編されたものなのだ。

 別の視点からえば、この「霊魂」図形は「蝶」に見える。言い換えれば貝は蝶になり、貝と蝶も別のものとしては考えられていないことになる。これはある意味では当然で、人間は「貝」から生まれ、死者になれば「蝶」に化身するという死生観に符合している。

 さて、奄美、沖縄では「霊魂」は、マブイとして「霊魂」寄りに捉えられていくことになる。それを図形として見るにはどう解すればいいだろうか。

 まず、「貝」トーテムから図形として何が抽出されるか、具体的な貝の想定から接近してみる。

Photo_9

 この図解から分かるのは、点を含む円と四角形は、どちらも貝から抽出されることだ。

 この成り立ちをみると、円と四角形、十字と三角形の関係は次のようになる。

Photo_10

 十字は、円や四角形、言い換えれば、貝を分割する図形として現れる。そして、四角形を十字で分割した結果として三角形は現れることになる。

 まず、だから、「十字」とはどちらかといえば、トーテムに由来し抽出されている。

Photo_11

 これは、右手尺骨頭部に「十字」が滅多に現われない理由でもあると思う。

 また、三角形は四角形(トーテム)を分割することで出現する。これは、初期の「霊魂」が、分解された「霊力」のように考えられたことを意味するのではないだろうか。それは、徳之島の霊魂の捉えられ方と符合する。

 奄美、沖縄では、霊魂の数を増やすことが「霊力」を増すこととして捉えられている。そのことも、霊魂が、分割された霊力として捉えられたことを示唆するように思える。徳之島の霊魂図形は、奄美、沖縄における霊魂の捉えられ方を記憶したものなかもしれない。

 宮古島   もうひとつの霊力
 奄美・沖縄 分割された霊力

 これが、それぞれの初期の「霊魂」観だということになる。


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2016/12/04

「琉球弧・奄美の精神史」

 12月6日に、「琉球弧・奄美の精神史」と題して話をします。

 主催者の意図は、沖縄の陰で知られていない奄美の歴史を話してほしいということだと思います。米軍統治下にあったのを知らなかった、与論に行ったら島の人が沖縄にシンパシーを持っていて驚いたと言われましたので。

 ぼくが「奄美の歴史」を話すのには違和感を持つ奄美の島人もいるでしょうし、ぼく自身も教科書的なことを話したいとは思いませんので、「琉球弧・奄美の精神史」と題しました。余計、重くなっている気もしますが、このほうが座りがいいのです。

 それにしても、日ごろ「琉球弧」という言葉を使い本も書いているというのに、「奄美の歴史」とお題を出されると、重たい気分になるのは困ったものです。

 この気分的な重さは、「奄美」という言葉でくくられると、そこに大島を中心とした磁場があり、そのなかで奄美のなかでは少数者の側にいる与論の人が「奄美」を語ることに由来している気がします。そのうえ奄美の複雑骨折が、ビジネス目的で参加する本土の人に伝わるだろうかという不安もあるのでしょう。

 しかしせっかくの機会です。境界の島の人にしか語れないこともあると思い、遅い準備に取り掛かります。


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幕末、長州藩の若者5人が、命をかけてイギリスへ渡った。
密航・・・、である。
幕府の命により、海外渡航は一切を禁じられていた時代。
見つかれば死罪・・・。
しかし、彼らは行った。日本の未来のために。近代国家を創るために。
そして帰国後、政治、工業、鉄道、造幣さまざまな分野で活躍する。
このたびは〝経営ファイブ〟の名のもとに集った、日々挑戦している
5人の経営者たちが、それぞれの分野でのビジネスを存分に語ります。


〜講師のご紹介〜

・マーケティング・クオリア  代表 喜山 荘一 氏
・Grant,LLC 代表  橋川由利 氏
・株式会社リアルクロス​ 代表取締役社長 山口義徳 氏
・ ウチダサロン事務局 アテンダー 五十嵐 淳 氏
・一般社団法人日本女子力推進事業団(GirlPower)代表理事 池内ひろ美 氏
・ザメディアジョングループ 代表 山近義幸

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【日時】2016年12月6日(火)13:30〜18:30(13:00受付)

【会場】アイピック株式会社内会議室
【住所】東京都千代田区岩本町3-5-5 ユニゾ岩本町3丁目ビル2階
【アクセス】都営新宿線岩本町より徒歩3分、JR秋葉原より徒歩9分
【会費】2,000円 終了後、懇親会(実費)を予定しています。

【プログラム】
13:00 受付
13:30〜13:40 オープニング
13:40〜14:30 マーケティング・クオリア  代表 喜山 荘一 氏
(休憩10分)
14:40〜15:10 Grant,LLC 代表  橋川由利 氏
(休憩10分)
15:20〜16:10 ザメディアジョングループ代表 山近義幸
(休憩10分)
16:20〜16:50 ウチダサロン事務局 アテンダー 五十嵐 淳 氏
(休憩10分)
17:00〜17:50 株式会社リアルクロス​ 代表取締役社長 山口義徳 氏
18:00〜18:30 一般社団法人日本女子力推進事業団(GirlPower)代表理事 池内ひろ美 氏

終了後、懇親会へご案内いたします。

【主催】ザメディアジョングループ代表 山近義幸
【アンバサダー】株式会社シーエフエス 代表取締役 藤岡 俊雄氏

【お問合せ】
株式会社ザメディアジョン・エデュケーショナル
東京都品川区西五反田1-17-6 トミエビル3F
TEL/03-5719-6111 FAX/03-5719-6112
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2016/12/03

「貝」から「十字」へ

 尺骨頭部について、「貝」の文様展開を一望してみる。

Photo_12

 沖永良部島の「貝」ほど具象的なデザインはないので、左端に位置づける。四角形と円の貝は、具象的な例がないため段を下げた。

 ここに尺骨頭部以外の部位の文様も加えてみる。

Photo_10

 この遷移で重要なのは、円、四角形、十字はどれも「貝」から析出されることだ。

 ただ、十字については、「蝶」文様からも得ることができる。

Photo_11

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2016/12/02

徳之島流刺青

 徳之島は、琉球弧のなかで突出して複雑な文様を生み出していた(参照:琉球弧の「針突き(tattoo)」デザイン)。この島でハンズキと呼ばれた刺青(tattoo)には、まだ奥行きがあるかもしれない。

 徳之島の手の甲の刺青は、この文様を基本要素にして、三つのタイプの文様が組み立てられていた。

Photo_2 

 左そのものが最も多く、次いで真ん中の系列、右の系列になる。どれも上の基本形を文様の要素に組み込んでいるのが分かる。

32_23_2

 この基本要素は、尺骨頭部にも現われるが、尺骨頭部にはもうひとつ頻出する文様がある。

4

 これは一見すると、上の基本要素とは異なるものに見える。この文様は右手に多く出現するので、左手の尺骨頭部文様と対応させてみる。

4_2 4

 こう配置してみると、右の文様が左の文様の四つ角をいちど分離し、180度回転させて、十字の内側に食い込ませることで生み出されているのが分かる。つまり、このふたつの文様は、つながってるのだ。これは、ふたつが同じものであることを意味している。

 同様の成り立ちは、宮古島の手の甲に追加される文様についても見られた。

Photo_3 Photo_4

 ただ、宮古島の場合、左の「トゲヤ」をひと筆書きすることで、右の「ハサミ」が得られたが、徳之島の場合、図形の分解と再構成が行なわれていて、ここでも徳之島が霊魂思考を発揮させているのが分かる。

 ここで重要なことに気づかされる。

 徳之島の尺骨頭部の文様の再構成と、基本要素を並べてみる。

4_2 4 Photo_2

 ここで刺青は、「点・線」から「面」へと発達すると仮定すれば、左から右への文様の遷移を想定できる。

 これらが意味としては同じ文様だとしたら、徳之島の尺骨頭部と手の甲はどれも同じ文様のバリエーションだということになる。思い切って文様が生み出される順序を想定してみれば、下図が得られる。

Photo

 基本要素を重ねた〔1〕は、手の甲で最も頻出する文様だ。それに次ぐ〔2〕は、基本文様の背景に四角形を持ち、〔3〕はふたたび起点の文様を包括している。

 驚くことに、手の甲だけでも30種類以上ある多様な文様はどれも「同じ」なのである。そして、これが何を意味するかといえば、起点のデザインが示すように「貝」である。これは、〔1〕の文様が「米の花」(三宅宗悦「南島婦人の入墨」)と呼ばれていることにも符合する(貝-太陽-花)。徳之島では霊魂思考によるデザイン化が突出している。しかし、徳之島でもやはり霊力思考が豊かなのである。

 こうしてみれば、宮古島を除く他島では、尺骨頭部の文様が左右で異なるのが原則なのに、徳之島ではその原則は壊れ、左右共通であることや、左右が逆転することも理解できる。要するにどれも「貝」なのだ。

 しかし、尺骨頭部は、左がトーテムの座であり、右が霊魂の座だった。それは何より重視される要素だった。その原則はどこへ行ったのだろう。

 それがつまり、手首内側の「蝶」なのではないだろうか。ぼくたちは、これまで尺骨頭部というより、手首が重視されてきたのではないかと仮説してきた。その考えにしがたえば、徳之島では尺骨頭部は左右ともトーテムの座であり、手首内側に霊魂の座を設けたということだ。

 そこで、徳之島文様の典型例を挙げることができる。

Photo_62_4

 ここまできてようやくぼくたちは徳之島の刺青を理解するところまでたどり着いたことになる。徳之島は、基本要素を元にした組み立てという方法で他の島には見られない多種の文様を生み出した。それだけではなく、その配置においても最も重視された尺骨頭部の意味の組み換えを行っている点でも独自であり、まさに徳之島流ともいうべきデザインを開発したのだ。

 最後に、左手の尺骨頭部に現れるたった一例の文様を挙げよう。

10

 これは何だろう。蟹あるいは、殻のないヤドカリに見える。これは「貝」から、蟹、ヤドカリへとトーテムが追加されていったとき、こうした文様も生み出された痕跡なのかもしれない。






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2016/12/01

『シャイニング・ガール 凛と輪廻と幻獣龍』(吉行ギズモ)

 先日、知人に「わたしは現実的な人間だから、『君の名は』とか観ても、こんなのあるわけないと思っちゃうんですよ」と言われ、あるわけなくもないということを説明するのは難しいかなと思った。でも、「ひとりで妄想するのは好きなんですけどね。それはあくまで妄想だから」と、続けるのを聞いて、意外に接点はあるぞと思い返した。

 時間は直線的に一方向に進むという考え方と、反復するという感じ方がある。一方向に進むととらえれば、自分は生誕から今まで生きてきて、死に向かっていることになる。そして生んでくれた母や自分の子供は別の時間軸の過去と未来をたどっている。でも反復と捉えれば、亡くなった、たとえば祖母のいくぶんかはぼくのなかで生きているし、また、これから生まれる誰かの生を生きていることにもなる。

 時間が一方向に進むというとき、覚醒が重視され、睡眠はその断絶あるいは休止として軽視されている。せいぜい、無意識の発露として分析の対象になるくらいだ。でも、反復する時のなかでは、夢はもうひとつの現実としてリアルだ。

 夢のなかでは、覚醒している現実のなかでは荒唐無稽な出来事も平気で進行していく。まるで物語みたいに。しかし、それもリアルとみなせば、現実と夢は相互に浸透しあって、物語と現実はメビウスの帯のように、いつの間にか入れ替わったりする。

 いまは一方向に流れる時間のとらえ方が圧倒的に強いから実感が湧きにくいが、反復する時に権利を与えれば、それが支配的だった文字なき時代の思考のなかへ入ってくことができる。そこでは、反復を繰り返して、自分をさかのぼれば、祖先崇拝でいう「先祖」にたどり着くのではなく、人間を成り立たせていると考えられた精霊に行き着く。

 だから、この作品のタイトルの「輪廻」も「幻獣龍」も、反復する時間のなかではリアルなのだ。ふつうファンタジーと呼ばれている作品は、ふだん感じられなくなっている反復する時間の流れのなかにいることを生き生きと感じさせてくれるジャンルだということなのかもしれない。

 それは、非現実的でありながら、どこか思い当たる節がある、リアルだという感触としてやってきて、そしてほんのちょっと現実を見る目が優しくなったり、別の見方を促されたりするようになる。この作品もそうだ。でも、この作品は徹頭徹尾フィクションとして描かれているのではなく、あくまで日常の延長にファンタジーが接続されているところが、返って反復する時間を生きることをよく伝えているのではないかと思えた。言い換えれば、著者はファンタジーはただの空想世界ではないと言っているのだと思う。

 これで件の人を納得してもらう自信はないけれど、時間を反復と感じることがあるのは誰でもそうなのだから、そのことだよと言えば、この作品の入り口まで連れていくことはできるかもしれない。

 この作品はシナリオとして書かれている。ぼくは「脚本」というものを見たことがなかったので興味深かったし、スラスラ読めるのも心地よかった。中身の魅力は、「シャイニング・ガール: 凛と輪廻と幻獣龍」過去と未来を行き来する巫女」で紹介されている。


『シャイニング・ガール 凛と輪廻と幻獣龍』








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2016/11/30

「南島歌謡に謡われたサンゴ礁の地形と海洋生物」(渡久地健)

 これは、わくわくしながら読んだ。こんな研究がもっと進んでほしいと思う(「南島歌謡に謡われたサンゴ礁の地形と海洋生物」(渡久地健))。

 渡久地は、八重山の「ペンガントゥレー節」での漁撈のさまを分析して、「女性―サンゴ礁の内側―底棲生物(ベントス)/男性―サンゴ礁の外側―魚類(ネクトン)」という関係がみられるとしている。

 面白いのは、これが生き物の性とも対応しているように見えることだ。

 女性

 タマミナ(小巻貝):ニシキアマオブネ 
 ギシクン(貝):リュウキュウヒバリガイ、ヘリトリアオガイ
 シンナマ(ミナミキビナゴあるいはアミアイゴの稚魚)
 ペンガン(オオギカノコガニ
 ミーガク(海藻):センナリヅタ
 シンダミ(オキナワウスカワマイマイ

 貝は「女性」だと了解しやすい。シンナマがアイゴの稚魚であれば、ティダハニと同じ位相にある。マイマイは、「蛇」系のようにも感じるが、殻をつけているから「女性」になる。「蟹」も「女性」になっている。

 男性

 イラブニ(エラブウミヘビ
 イラブチィ(ブダイ
 ボーダ(ブダイ科)
 フクルベー(モンガラカワハギ科。与論ではプクルビ)
 フフムチ(ノコギリダイ
 マクガン(ヤシガニ

 ブダイ系が「蛇」系なのは分かる。カワハギやフフムチもそう見なされることになる。

 渡久地は、ヤシガニの捕獲がなぜ、男性なのかと問うている。男性に分類される「魚類」ではないし、女性でも十分に捕獲できるのに。

 ヤシガニと男性の結びつきを解く鍵は、多良間島の聞き書きが教えてくれるとして、渡久地は書いている。

「ヤシガニ獲りを男女で行って、そのまま夫婦になることもあった。ヤシガニ獲りを女性から男性に頼むのは、愛の告白と捉えることもあった。そのため男性はヤシガニのよく獲れる場所を知っておく必要があった。各自のヤシガニを獲るための「なわばり」(よく獲れる場所)があった」。

 これはこういうことだと思う。ヤシガニが「男性」であれば、女性は「貝」だから、両者が合わさると、アマン(ヤドカリ)になる。この「愛の告白」に隠されているのは、トーテムとしてのアマンだ。


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2016/11/29

「サンゴ礁の民俗分類の比較」(渡久地健)

 渡久地健は、サンゴ礁は渚から外海側へ広がる「一連の自然」であるとしてその民俗語彙を整理している(「サンゴ礁の民俗分類の比較」)。

 1.海岸 ハマ系とヘタ系
 2.礁池 イノ/エノ/イノナ/イナウ
 3.礁嶺 セ/スィ系からヒシ/ピシ系
 4.礁斜面 セ/ヒシ/ピシ/ピー
 5.ビーチロック イタビシ
 6.「一定のまとまりをもった海底の地形的高まり」 スニ
 7.「干潮時にも海水を湛えている礁嶺上の浅い溝状の凹地部」 ウンジュムイ/ピシミ/ワンルー
 
 ここでやってみたいのは、ユナがイノーなどヘメタモルフォーゼをするのであれば、それをサンゴ礁でどこまで広げたかということだ。

 yuna > yu:na ユウナ
 yuna > iuna > inau > ino: イノー(礁池)
 yuna > iuna > inau > nu: ヌー(澪)
 yuna > duna > zuna > suni スニ
 yuna > iuba > iura > ura > uru ウル(サンゴ)

 韮(ニラ)が、韮(ビラ)になる。(「トグルダキデラバ」与那国島)
 尻(シリ)が、尻(チビ)になる。(与那国島)

 yuna > yuba > yura > yuda > yato ヤトゥ(サンゴ)
 
 目いっぱいひろげると、こうなるだろうか。

 
 

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2016/11/28

バガ島ユングトゥ

 バガ島ユングトゥ(『八重山古謡』下)

 バガ島ヌ    我が西表島の
 西表ヌ前ナガ 前方に
 島ガマヌ    小さな島が
 フンガマヌ   可愛い国が
 ナリルンチョ  生まれているそうだ

 近クユシ    確かめるために
 マンカユシ   近く寄って真正面から
 見アギリバ  じっと見たところ
 島ガマヤ   小島ではない
 フンガマヤ  小さな国でもない
 アラヌンチョ  島や国ではなくて(後略)

 後に続くのは「米」と「粟」があったという話だ。

 しかし、この古謡の前段は、身近なニライカナイが遠隔化されて、文化の発祥に生まれ変わる際の様が描かれている。ニライカナイは変形されるが、しかし身近なニライカナイが生命の源泉であった面影をよく伝えている。

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2016/11/27

イジャンハジメ(出し初めの式)のトーテム揃い

 金久正の『奄美に生きる日本古代文化』でみた蟹儀礼について、より鮮明に捉える記述を見つけた。

 大島郡龍郷村では、きまった日に名前はつけなかったが、いまでは七日のイジャンハジメ(出し初めの式)の前までにつける。イジャンのことを明り拝ましともいう。家の前庭で、男の子は桑の木でつくった弓を、女の子は鋏と針を高盆に御飯と一緒にのせ、マヨガラ(苧)という草をとってきて庭に植え、川から小がにを三匹取ってきて椀に入れておき、これを一匹ずつ赤子の頭の上にはわす。そして「イシグジマやカネクジマ(ともに貝の名)のように無事でありますように」ととなえる。かにがみつからないときは白い小石を用いる。そして、赤子を外に出して太陽を拝ませた。

 桑、盆、苧、蟹、貝、太陽。何から何まで揃っている。「盆」はおそらく「貝」が宿っているのではないだろうか。


『日本の民俗〈46〉鹿児島』

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2016/11/26

「太陽を生みだした母なる子宮」(名護博)

 『赤椀の世直し』のなかで名護博は書いている。

 ゴホウラに太陽の縁由のある名がつけられたのは、太陽が海底をも照らすからであろうと考えたがそれよりは海底の巻き貝類が(ウミニナ)が太陽を生みだした母なる子宮であると古代人たちが考えたから、とすべきと思う。そのように考えたほうが「テダノスウ」にも意味を与えやすい。「テダノスウ」は太陽の巣、または太陽の主といった意味であった可能性が考えられる。いずれにしても太陽の大本、すなわち太陽の母なる子宮になり、谷川氏自身が熱心に追い求めた「テダが穴(太陽の穴)」の原形であった可能性が浮かび上がってくる。太陽がそこから生まれ、夕暮れどきにはそこに沈んで隠れるという『おもろさうし』に頻繁に出てくる「テダが穴」は、もともとは深い海の底の巻き貝のことであった、とした方が古代人の心に近いと思う。

 これはその通りだ。ただ、太陽の母の貝は、巻き貝に限らない。シャコ貝こそはもっともそれにふさわしい貝だ。琉球弧の島々では、それぞれのサンゴ礁の海で、太陽の主に当たる貝たちを見つけていったのだと思える。

 久高島の漁師たちから聞いたマガキガイの沖縄名は「ティララ」であった。男たちの説明によれば、「ティララ」はティラ(太陽)が照る時だけに底から上がってくるのでその名があるという。

 ティララ(マガキガイ)については、底から上がってきて太陽を生むのである。素敵な見立てだ。
 

『邪馬台国総合説 赤椀の世直し―沖縄・奄美は原初ヤマトの生みの母胎であった』

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