2019/03/13

野国貝塚Ⅲ層の芭蕉トーテム

 奄美大島の嘉徳遺跡からは、芭蕉土器を知ることができても、メタモルフォーゼの場を知るのは難しかったが、野国貝塚のⅢ層にはそれがある。

 まず、琉球糸芭蕉のイメージを掴んでおく必要がある(cf.糸芭蕉)。

Photo

 これも石器の配置は、グリッドまでは分かるが詳細は不明なので、グリッド内は芭蕉になるように配置している。

 A2からB4まで下がっているのが偽茎。C4で放射状に並べたのが苞。右に突き出したのが雄花。雄花は石器では、ひとつだけ表現されている。その先端には「チャート製品」を添えた。雄花のふさふさだ。「チャート製品」はⅢ層から24点出ているがグリッドの詳細はない。しかし、報告書の図版には、ひとつの「チャート製品」に、「C3Ⅲ」と記されているので、雄花を表現したものだと考えられる。おそらくこの辺りに「チャート製品」は集中していたのではないだろうか。

 D2は「花序の先端」に当たる。雄花まで空白になるが、ここに紡錘形の花序を見ていたはずだ。オレンジの濃淡は、マガキガイの密度で、雄花の個所に集中しているのが分かる。マガキガイは、輝きを示している。

 E4、E5は葉に当たる。3点のうち2点は、どこに当たるとはっきり分からない。糸芭蕉をじっくり眺める必要がある。

Photo_3

 「花序の先端」をサラサバテイラで、「雄花」をマガキガイで表現している。土器はトカゲ土器(条痕文系)だが、Ⅲ層は植物トーテムを示している。それは、4460±70y.b.p.という測定とも符合している。平敷屋トウバルもそうだが、植物トーテムの表現には、しばしばトカゲ土器が使われるようだ。それは、トカゲの模様を示す土器の線状が、植物の繊維と似ているからだ。それは同時に、植物にはトカゲ・トーテム霊が入っていると考えられたことを示すのではないだろうか。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/03/12

野国貝塚Ⅳb層の蛇トーテム

 5950±95y.b.p.と測定されている野国貝塚のⅣb層は蛇トーテムの段階にある。

 貝は、破片がカウントされていないので、詳細が分からないが、石器が蛇へのメタモルフォーゼの場を示している。

2

 B5からA9にかけて、うねった蛇がいるのが分かる。グリッド間は2メートルあるので、図の石器は拡大させて表示させている。また、グリッド内での石器の位置や向きは報告されていないので、蛇の形に添うように配置している。

 石器は蛇の特徴がよく捉えられている。C4の「敲打器」は、ハブに見られる頭部下で皮膚が露出した個所を表している。A7の大きな「石斧」は、蛇の「肛板」。A7からB7にかけた稜のあるふたつの石器は「尾下板」だ。45度以内の角度で屈曲する場合は、丸味を帯びた石器が使われている。蛇(ハブ)の模様などをよく知れば、何を表しているかもっとわかるはずである。

 オレンジの濃淡は、報告書にあるマガキガイの密度だ。蛇に沿ってマガキガイも分布している。野国はマガキガイが圧倒的な貝塚だが、これをみると、マガキガイは蛇の放つ光を示しているのだと思える。

 気になるのは、A8にぽつんとある球形の石器で、これは「卵」を示している。約6000年前は、トカゲにトーテムが移行する直前に当たる。不死が綻びを見せるトカゲのとき、人はなぜ脱皮による生の反復に不全を認めるようになるのか、まだ分からないが、そこに「卵」がかかわっていると思える。脱皮をするだけではなく、卵から出現するということが意識化されつつある。それは、トカゲへの移行にかかわっているのではないだろうか。

 蛇段階のメタモルフォーゼの場を、野国ではじめて見つけた。他では得られない資料かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/03/04

平敷屋トウバルのオカガニ・トーテム

 平敷屋トウバルのⅤ層からは、「竪穴住居跡」が検出されている。

Photo_5

 トーテムの眼でみれば、これは住居跡ではない。Ⅴ層からは貝も豊富に出土していて、幸いなことに「竪穴住居跡」は区別されてカウントされている。その構成をみると、オカガニ段階にあるのが分かる。

 オハグロガイとオキナワヤマタニシが鋏、イソハマグリが腹部の主な化身貝になっている。女性は21人、男性は6人とカウントされる。この遺構下部には9つのピットも検出されている。その構成からいえば、ここは、「あの世に還る」場を示すと思える。

 礫の広がりは同じ段階のシヌグ堂遺跡を思い出させる。宮城島の近くの平敷屋にもオカガニ人がいたわけだ。

 Ⅴ層の放射性炭素年代は、3150±30BPを示している。この年代でオカガニ段階になるということは、本土の弥生期への移行よりも、オーストロネシア語族の北上の方がインパクトになったのかもしれない。

 勝連半島の平敷屋からは、植物、オカガニ、オウギガニ、ムラサキオカヤドカリ・トーテムが確認できる。徳之島の面縄、屋我地島の大堂原と並んで偉大な聖地だったのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/03/03

平敷屋トウバルのアダン・トーテム

 平敷屋トウバル遺跡(2008)のⅨb層は、条痕文土器が出ている。それで貝塚時代早期と位置づけられているが、放射性炭素年代が4000±40BPを示すように、Ⅸb層は、植物トーテムの段階にある。

B

 出土している貝類はたったこれだけだから、ここからのみでは判断しにくいが、貝が指示する植物トーテムはアダンだ。

 カンギクは、殻の尖りがアダンの実のそれとなぞらえられている。チョウセンサザエは、葉。クマノコは分からないが、実の黄色が捉えられているのかもしれない。マイマイは、アダンのそばにいる。キバアマガイは殻のまわりが黄色いし蓋もオレンジだ。イソハマグリは、実の中心部の白い個所だ。ここは食べられる。

Photo

 Ⅸb層からは「集積遺構」が検出されている。円形で「黄褐色」の砂がアダンの実を示している。

2
(『平敷屋トウバル遺跡』2008)

 画像でみると、「集積」は、アダンの実の突起の集まりを示しているようだ。上図で「集積」の外に色塗りされているのが土器に当たる。この土器が条痕文系、トカゲ土器だった。

 土器はその層のトーテムを指示するとは限らず、過去のものであることがしばしばあるが、ここでトカゲ土器が選ばれているのは、アダンの葉の繊維を示すのによかったということになる。島人は過去のトーテム土器の文様も覚えていて、トーテムを示すのに似たものがあれば、それで土器を作ったのではないだろうか。

 Ⅸb層の上で次に遺物が確認されているのは、Ⅶ層だ。ここでは貝の構成が変わるが、植物トーテムからサンゴ礁トーテムへは移行しておらず、ここも植物トーテム、主はやはりアダンだと考えられる。破片のチョウセンサザエと完形の蓋はそれぞれ11個出土ているが、実と突起(あるいは葉)で対をつくっているのだと思える。

Photo_4

 こうした対は、クモガイ15個とウミギク・キクザル科の45個にもみられる。実3個に対して葉が1個になっている。

 Ⅶ層からは、クモガイとウミギクの「貝製品」が出ている。

Photo_3

 この「製品」も、同じように、アダンの実を示している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/02/28

映画『洗骨』

 もう記憶が遠ざかり始めているが、照屋年之監督の映画は、洗骨が正面から取り上げられていて感銘を受けた。ラスト・シーンはそれをはっきりと示していて、余韻の映像が続くものと構えていただけに驚かされた。舞台の粟国島は、潮を三度かき分けるともう後生に着くと伝えられてきた島だから、洗骨を介した生死の往還を重くせずに思い出させてもくれた。

 ただ、21世紀の与論島で洗骨を経験したことからいえば、それは「風習」には違いなくても、そういうより単に「再会」だった。「変わり果てた姿」という感じもなく、姿を変えてはいるけれど、祖父と会ったという気がした。叔母が泣きながら声をかけて抱きついたので、その思いを強くしたのかもしれない。

 洗骨の際、骨を苧麻の葉で拭き取ることになっている島もあるから、洗骨は「あの世」の発生した植物トーテムの段階ではすでに行われていたのだと思える。

 そうだとすれば、「洗骨」が人間だけの世界を抜け出ていく作品を観たいと思う。波照間島で洗骨が、誕生祝いという意味で呼ばれたように、それは再生を促す行為でもあった。そこでは、死は死者になるというだけではなく、トーテム霊に還ることも意味している。トーテムの化身態としてある人の往還の結節に洗骨は考えられていたのだ。

 しかし、忘れられたと思える習俗もこうして作品として再生することがある。そこには大きな可能性のあることを感じさせてくれた作品だった。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/02/26

「この世ならざるものをめぐるリレー・トーク」

 3月16日、東京大岡山でイベントに参加します。ご関心のある方はぜひ、お越しください。
 スペースに限りがあるので、ご一報いただけると嬉しいです。


谷川ゆに『「あの世」と「この世」のあいだ―たましいのふるさとを探して』(新潮社)刊行記念
この世ならざるものをめぐるリレー・トーク

谷川ゆに(古層作家)×姜信子(作家)×宮国優子(島作家)×喜山荘一(野生の琉球探究者

養老孟司をはじめ、刊行以来各紙で書評の寄せられている話題の書をめぐって、著者谷川ゆにの「この世ならざるもの」をめぐる旅に、作家や島人がそれぞれの観点で著者に切り込み、本の魅力を引き出します。

あの世とこの世の境界へ、言葉と身体の旅へ、いざ出発!

 「切実な思いが生んだ書物」(養老猛司、毎日新聞)
 「この世ならぬものに満ちた心ときめく世界への招待状」(早助よう子、図書新聞)
 「現代人の苦境に風穴開ける」(助川幸逸郎、産経新聞)

日時:3月16日(土)16:00~
参加費用:¥1000 (15人予約制)

18:00~ 
持ち寄り懇親会(参加費用¥1000)
場所:Tandy ga tandhi
住所:東京都大田区北千束1丁目52−6 すわらやビル2F(大岡山駅から徒歩3分)

Between


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/01/22

宮古島のシャコガイ段階

 長墓遺跡は島尻にある。マングローブを南に辿ったところだ。

 この7層は、キシノウエトカゲ段階にある。それは、約4200年前とされる年代値とも合っている。

 貝の構成は、5層までトカゲ段階と見なせる。トカゲ貝は、「脚」、「胴」、「口」、「卵」で構成されるが、下田原貝塚、トゥグル浜貝塚を参照すると、「胴」、「口」、「卵」の順で比重が移っていく。長墓遺跡の7~5層は、5層で「口」の構成比が44%まで高まるが、それは4層には継続していない。

 3層からは苧麻段階と見なせるので、4層はそのあいだにある。ここで得られている年代値は約3300年前だが、これは宮古諸島では「空白期」と呼ばれている。だが、「空白期」を埋めるという以上に重要なのは、4層のトーテム段階だ。

 発掘トレンチの大きさは数メートル四方と小さく、得られている貝も豊富とは言えない。けれど4層はシャコガイ段階と見なせる。

 優占する貝は、多良間添道と同じくイソハマグリである。これが重視されているのは、この「左殻」と、リュウキュウマスオかシレナシジミの「左殻」を持つ8人の女性に対して、シャコガイの「破片」が当てられていることに表れる。しかも、イソハマグリ女性に対して当てられるシャコガイはシラナミだ。

 なかなか見つからないシャコガイ段階の痕跡がここにある。やっと見つけた。

 面白いのは、トカゲ、シャコガイ、苧麻の段階を通じて、ヒザラガイが重視されていることで、これは宮古的だと思える。それは、針突きの「握り飯」や「箸」にも引き継がれている。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/12/31

貝読に明け暮れて

 年の瀬なのでメモしておこう。2016年の暮れ近くに、貝塚の貝がトーテムを指し示すのに気づいて、その読み取りが始まった。

 最初は、個々の貝の類似からトーテムを追っていた。それで判断のつく貝塚もあるが、読み取り切れない貝塚もある。とくにカニからヤドカリへの移行が掴み取りにくかった。どちらの段階にも見え、判断がつきにくい。

 やがて、貝塚には構造があるのに気づいた。それは、メタモルフォーゼを行う場、この世に現れる場、あの世に還る場、そして、この世にいる場の四つである。この四つの場は、「この世にいる場」を地にして、「メタモルフォーゼ」「あの世に還る」「この世に現れる」という三つの図として浮き上がるように構造化されている。

 貝塚がゴミ捨て場ではないのは言うまでもないとして、「あの世に送る」場というだけではなく、本質的には、あの世とつながりながらメタモルフォーゼを果たす場だった。

 貝塚を構造化して捉えられるようになって、正確な貝読が可能になった。ただし、それには条件がある。

 ひとつは、貝塚が構造的に捉えられていることだ。四つの場は、場所や置かれ方によって構造化されている。それを掴み取って、場ごとに貝がデータ化されていること。

 もうひとつは、「破片」までカウントされていることだ。

 ひとつ目だけでも、おおよそには把握できるが、貝塚を築いた人々の人数、その生死の異動を確かめるには、詳細がいる。

 もう少しいえば、土器や石器、動植物遺体などのその他の遺物が、図像とととに記録されていると完璧に近くなる。それは貝を補完するからだ。けれどそこまで具備した報告書はないと思う。貝塚が構造的に捉えられ、「破片」までカウントされている報告書もまだ少ない。

 貝のリストは1200を越え、貝読を試みた層は200を越えるだろうか。入力を経ないとカウントがままならないので膨大な作業になるが、それは数字ではなく人である。切実になる。まるでひきこもりのように没頭したので、不義理の数々もしてしまった。

 これで、神話、伝承、習俗から組み立てるしかなかったトーテム史が、編年を組めるところまで持っていける手応えを得られる。貝読はひと段落ついたわけではなくこれからも継続するが、来年にはトーテム編年の詳細をお披露目できるところまで歩んでいきたい。

 
 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018/11/29

嘉門貝塚Bの位相 3

 データが不足しているが、嘉門貝塚Bのスデル場は、炉址のある最南部で検出された集積だと思える。

Photo

 ここで、ゴホウラはカニの腹部、数が少しちがうアンボンクロザメは、左右で大きさの少しちがう鋏。そしてヒメジャコが胞衣を示すオウギガニだと考えられる。

 久米島の大原貝塚で、ゴホウラは鋏として思考されているが、ここでは腹部だ。ゴホウラはそれが可能な貝とみなされた。

Photo_2

 北の方で見つかった、これまた情報の少ない埋葬遺構も示唆的だ。報告書では、埋葬された女性の右肩部と左腰部にヒメジャコが配されたと報告されている。このヒメジャコが「胞衣」を示している。伏臥なのもカニの姿勢である。

 をなり集団を分けるシンボリックな貝は見つからないが、ゴホウラはヘビガイ付着が4個、ヘビガイとアバタ状が2個あるので、2:1の割合で分かれていた。それを引き継ぐのが、リュウキュウサルボウとメンガイと想定することはできる。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2018/11/27

名蔵貝塚の位相 4

 名蔵貝塚の3b層の5地点について、大代表的な化身貝をあげてみる。

Photo

 これを見る限り、トーテムはやはりシオマネキだと考えられる。
 他の鋏を圧倒してセンインガイ選ばれる場合がある。センニンガイは、オスの鋏になるが、生物学的な雌雄では捉えられていないということだろうか。あるいは、個体数としてカウントされているが、殻頂なのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/11/26

アンチの上貝塚の位相 19

 右鋏へのメタモルフォーゼを思考した小貝塚2について、割り当てられた貝の個数を見てみる。

2_2

 カニの「鋏」は弱いが、「宿貝」より「胞衣」は大きい。ただ、ここでは貝の完形、殻頂、破片の差がつかないので、破片を半分の強度にしみてる。

2_3

 これでも「胞衣」はいちばん強い。また、女性対男性では、女性は男性の5倍になる。ここでも、女性の霊力は男性の霊力に優るということが示されている。よく、考えられている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/11/25

アンチの上貝塚の位相 18

 アンチの上小貝塚2は、ヤドカリの右鋏へのメタモルフォーゼの場だ。貝やその他の遺物から、そこでの思考を捉えてみる。

2

 女性19人と男性25人。シラナミはヤドカリの宿貝として女性11人に付与される。しかし、「破片」は、全員に割り当てられる。

 「胞衣」は、残りの女性8人に付与されている。アンチの上では、胞衣はカニが持つのだ。ただ、ヒレジャコの「破片」は女性全員に付与される。

 ヤドカリの腹部は、ニシキウズ科とサザエ科にわかれる。宿貝を付与された11人のうち、4人がニシキウズ科、7人がサザエ科。男性では、10人がニシキウズ科で3人がサザエ科になる。ただ、男性はすべて「破片」だ。これはイモガイ以外すべてに及ぶ。

 ヤドカリの鋏は、スイショウガイ科とアッキガイ科が、ニシキウズ腹部に対応し、オニコブシ科、オニノツノガイ科、イトマキボラ科がサザエ腹部に対応している。ただし、イトマキボラだけは両義的で、「破片」が女性ではカニ鋏だが、男性ではヤドカリのサザエ鋏になっている。

 タカラガイ科とホラガイ「破片」はカニ鋏だ。女性では、土器も鋏として当てられている。

 イモガイは男性。

 右鋏以外にも、宿貝、腹部のメタモルフォーゼの場では、ヤドカリの腹部は全体に及ばない。「左鋏」だけが、ヤドカリの腹部は全員に付与されている。左鋏はヤドカリのなかのヤドカリなのだ。

 ヤドカリへのメタモルフォーゼの場で、全体の半分弱をカニにして、強固に主張している。これは、をなり-えけりを軸にした母系社会継続への意志の現れだ。それにしても見事だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/11/24

アンチの上貝塚の位相 17

 アンチの上貝塚の4つの場は、次のようになる。

Photo

 「この世にいるわたしたち」の8482人は延べ人数になる。ここで、シミュレーションを行う。女性には、ヒレジャコの破片が1個、男性には、イモガイの完形、殻頂、破片のいずれかで合計3個が与えられる。

 女性:90人×1個(ヒレジャコ)×24回=2160(≒2144)
 男性:88人×3個(イモガイ)×24回=6336(≒6338)

 平均178人の集団が、24回のメタモルフォーゼ(スデル)儀礼を行った結果の延べ人数が8482人という数だ。

 「あの世に還るわたしたち」は776人だから、4世代余りが入れ替わったことになる。ここは、数百年は営まれた貝塚なのだ。

 それぞれの場で、ヤドカリとカニは次のように思考されている。

Photo_2

 イモガイで完形や殻頂がある以外は、基本的に男性は「破片」が与えられるから、男性の数字は低く見積もらなければいないが、完形、殻頂に対する破片の重みが不明なので、単純に個数で計算したものだ。

 いくつか、アンチの上人の化身態の決まりをあげてみる。

 ・男性は、イモガイ。
 ・ヤドカリの腹部は、チョウセンサザエかサラサバテイラ。チョウセンサザエとサラサバテイラはふたつの「をなり集団」を表す。
 ・ヤドカリの腹部について、女性は完形か殻頂、男性は破片が与えられる。1人1個を基本として揺れがある。
 ・宿貝は、シラナミ。破片は男性にも付与される。
 ・男性の鋏のひとつはイモガイだが、もうひとつは他の巻貝の破片が付与される。

 カニ・トーテムのときと異なるのは、ヤドカリの腹部であるチョウセンサザエかサラサバテイラ、そしてシラナミの破片と、男性にも付与される貝は増えることだ。

 上の表で特異なのは、「この世にいるわたしたち」の胞衣や鋏が、「あの世に還るわたしたち」よりも強化されていることだ。苧麻トーテムの具志川島では、そうではなかった。これは、「この世にいるわたしたち」の霊力が強くなければならなかったことを示唆すると思える。

 全体としてもっと特異なのは、男性の数が少ないことだ。女性が90人なら、男性は99人程度いるはずだが、それより11人も少ない88人が想定される。これに符合するように、スデル場ではより男性は思考されている。

 アンチの上人は、スデルたびに男性生命の出現を願った。それが、ヤドカリの右鋏75個、左鋏117個に及ぶイモガイの集積になったのだと思える。このことは暗い連想を過らせる。「貝交易」と呼ばれる行為のなかで、礁斜面に生息するゴホウラを捕獲する際に男性が「あの世へ還るわたしたち」になっていtったことを、これは暗示しているのではないか、ということだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/11/23

アンチの上貝塚の位相 16

 アンチの上貝塚について、さいど修正する。石器も土器も、結局遺物はすべてトーテムの化身態を示している。

9

 こんどの試算によっても、男性人数が少ないのに変わりない。

Photo

 ヤドカリの腹部は、チョウセンサザエとサラサバテイラによって示される。女性は、完形と殻頂。男性は破片だ。
 それぞれの男女は、をなり-えけり関係を示すと思える。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/11/22

新城下原第二遺跡のトーテム段階 5

 Ⅵ層Ⅱ区のカニ・トーテム段階を測るために、鋏貝に着目してみる。

2_2

 この6つの貝が軸になって、3対の鋏が構成できるようになっている。完形度というのは、想定される28人の女性に対して、それぞれ単独かつ完形でどれだけカバーしているかを見るためだ。

 カンギクは全員に完形で配られる。そして、イボウミニナ、ホウシュノタマと続く。このラインナップは、シオマネキ段階を想定させる。

 まだ分からないのは、カニの段階では、シオマネキの単独指名か、それともスナガニやオウギガニとの同時指名がありうるのかどうかということだ。

 大当原の土器も1点出土しているところから推測できるのは、メタモルフォーゼはオウギガニでなされているが、「この世に現れる」「いる」「還る」場は、シオマネキが主体になっていることだ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

«新城下原第二遺跡のトーテム段階 4